『機動戦士クロスボーン・ガンダム』全6巻レビュー/人間の価値とは。


<画像は『機動戦士クロスボーン・ガンダム』1巻第1話より引用>

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※ この記事は2014年に旧ブログに書かれたものを幾つか手直しして2025年に移行した記事です

【三つのオススメポイント】
「ガンダム」シリーズを知らない人でも大丈夫
「ガンダム」生みの親である富野由悠季監督が漫画原作を担当した貴重な作品
「人間」とは何か、「ニュータイプ」とは何だったのか
総評


『機動戦士クロスボーン・ガンダム』
・巻数:全6巻、完結後『クロスボーン・ガンダム スカルハート』へ続く
・掲載:月刊少年エース
    1994年12月号~1997年3月号

・原作・原案:富野由悠季/作画:長谷川裕一
・シリーズの位置づけ:劇場版アニメ『機動戦士ガンダムF91』の10年後の話


【苦手な人もいそうなNG項目の有無】
※ 苦手な人もいそうなNG項目があるかないかを、リスト化しています。ネタバレ防止のため、それぞれ気になるところを読みたい人だけ反転させて読んでください。
※ 記号は「◎」が一番「その要素がある」で、「○」「△」と続いて、「×」が「その要素はない」です。

・シリアス展開:○(過酷な環境で生きる木星の人々の反乱ですからね……)
・恥をかく&嘲笑シーン:△(トビアの空回りを恥ずかしいと思う人はいるかも)
・寝取られ:×
・極端な男性蔑視・女性蔑視:×
・白人酋長もの:×
・動物が死ぬ:×(多分、なかったと思う……)
・人体欠損などのグロ描写:×
・人が食われるグロ描写:×
・グロ表現としての虫:×
・百合要素:×
・BL要素:×
・男女の恋愛:◎(言ってしまえばボーイミーツガールの話ですからね)
・ラッキースケベ:△(男は見ていないけどシャワーシーンはあります)
・セックスシーン:×

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○ 「ガンダム」シリーズを知らない人でも大丈夫

 「今日の記事は「ガンダム」かよー。「ガンダム」詳しくないから今日の記事は読まなくていいやー」と思った人も多いと思いますが、今日はそういった“「ガンダム」にそれほど詳しくない”人達に向けて記事を書こうと思います。
 「「ガンダム」大好きだからシリーズ全作欠かさずチェックしているぜっ!」って人は、私が紹介するまでもなくこの漫画を読んでいると思いますしね(笑)。


 「ガンダム」シリーズは1979年に始まって以降コンスタントに新作が作られているため、恐ろしい数の作品が世に出ています。
 アニメ作品だけでも20作品以上あって、漫画や小説やゲームでしか語られない作品もあって、アニメ版と小説版では展開が違っていたりもして、とにかく数が多くてややこしいため……「ガンダム」という名を聞いただけで「それはマニアが好きなものであって、私には関係のないものだ」と逃げ出してしまう人も多いと思うのです。

 実際、「「ガンダム」は全作観ていなければ語っちゃいけないんだ」とか「あの作品とあの作品はこう繋がっているからこれとこれを観なければこの作品は楽しめないんだ」とか言うガンダムファンもいますしね。
 ついさっき「ガンダム大好きな人は全員『クロスボーン・ガンダム』も読んでいるはず」とか書いている人もいたような気もしますが……アレは悪い見本です。




 基本的に「ガンダム」シリーズは、どの作品から観ても大丈夫ですし。
 「一作品だけ」でも楽しめるものです。

 もちろん時代が前作から繋がっていたり、前作のキャラが登場したりする作品もあることはあるのですが……基本的に「ガンダム」作品は全て“新しい主人公”を立てて、その“新しい主人公”目線で物語が語られ、その“新しい主人公”の成長物語が描かれるのです。(※1)
 当然、その“新しい主人公”は前作の出来事を知りませんから、視聴者が前作を知らなくても何の問題もないんです。

(※1:『逆襲のシャア』なんかは流石にアレを「ハサウェイが主人公だ」とは言い張れないと思うので……例外だとは思いますが)


 今日紹介する漫画『クロスボーン・ガンダム』もそうです。
 主人公はトビア・アロナクスという15歳の少年で、彼が成長していく様子を描いていきます。
 トビアが仲間になる宇宙海賊クロスボーン・バンガードのメンバーには『機動戦士ガンダムF91』に登場するキャラクターが何人かいるので、どうしても気になる人は『F91』だけチェックするというのも手です。『F91』は映画1本だけなのでチェックするのは時間的にも金銭的にもそんなに大変ではないと思いますが……

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 個人的には、別に観なくても『クロスボーン・ガンダム』は楽しめると思います。
 『F91』と『クロスボーン・ガンダム』は描かれている事件が違いますし(『F91』の10年後が『クロスボーン・ガンダム』という設定)、キャラの性格も随分と変わったように思いますし、絵柄が全然違うので『F91』を好きな人から「『クロスボーン・ガンダム』は絵がイヤで読んでいない」と言われたことも何度もありますし……この二作品は“別物”として考えた方がイイと私は思います。



 では、何故「ガンダム」を全く知らない人にこの『クロスボーン・ガンダム』を薦めるのかというと……少年誌に連載されていた漫画作品ということで、すごく「王道」で「分かりやすい」話なんですね。簡単にあらすじを説明しますと……

「地球圏からの交換留学生として木星圏にやってきた主人公トビアは、ひょんなことから木星圏に住む人々が“木星帝国”として地球侵攻を企てていることを知ってしまう。その“木星帝国”の目論見を知り、彼らの野望を阻止しようと戦い続けていたのが宇宙海賊クロスボーン・バンガード。彼らに助けられたトビアは、地球を守るためにクロスボーン・バンガードの一員として“木星帝国”と戦うことを決意する――――」

 こんなカンジ。
 「15歳の少年の成長物語」「彼が一途に想いを寄せているヒロイン」「頼れる兄貴分」「地球侵攻を狙う“木星帝国”vsそれを止めようとする宇宙海賊、という悪と正義が分かりやすい構図」―――と、これでもかというほど王道の少年漫画で。



<画像は『機動戦士クロスボーン・ガンダム』2巻第3話より引用>


 アニメの「ガンダム」シリーズが「戦争の悲惨さ」とか「容赦なく死んでいくキャラ達」とか「登場人物がみんな苦しんでいる」とか「複雑な勢力図で誰が正義とも悪とも言い切れない」になりがちなのに比べると……漫画はアニメよりも1話の尺が短いこともあって、より分かりやすい作品になっていると言えるのです。

 なので、「ガンダムって難しそうだし……」という初心者にこそオススメな作品なのです!
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○ 「ガンダム」生みの親である富野由悠季監督が漫画原作を担当した貴重な作品
 この漫画は1994年から1997年まで、月刊少年エースで連載されていました。原作が「ガンダム」シリーズ生みの親である富野由悠季監督で、作画は長谷川裕一先生が担当されています。

 1994年~1997年が「ガンダム」シリーズにとってどういう時期かというと……
 1979年に最初の『機動戦士ガンダム』が放送され、再放送やプラモデル展開などで後に大人気になり、商業的な理由から富野監督も「ガンダム」シリーズの続編を次々と作らされるのが80年代後半~90年代初頭。それらの続編では「ガンダムシリーズの再生」や「ガンダムシリーズの破壊」を試みるのですが、それらは上手くいかず、1993~1994年の『Vガンダム』を最後に富野監督はガンダム作品の監督を降りることになるのです。

 1994年~1995年の『機動武闘伝Gガンダム』は今川泰宏監督。
 1995年~1996年の『新機動戦記ガンダムW』は池田成監督(途中から高松信司監督)。
 1996年の『機動新世紀ガンダムX』は高松信司監督。

 ……と、アニメでの「ガンダム」シリーズが富野監督の手から離れ、別の監督が「ガンダム」を作っていた時期なんですね。
 ちなみに富野監督はこの後の1998年に『ブレンパワード』、1999年~2000年『∀ガンダム』でアニメ監督として復活をするので。ちょうど富野監督がアニメ監督の仕事から離れていた時期に、漫画原作という形で『クロスボーン・ガンダム』に参加していたとも言えますね。


 ということで……「ガンダム」シリーズの漫画作品はたくさんあるのですけど、いわゆる“原作者の欄に名前だけ載っている”状態ではなく、富野監督がガッツリと原作者として漫画制作に参加している貴重な作品と言えるのです(私が知る限りは“唯一の作品”です)。

 新装版には付いているのかは分からないのですが(電子書籍版には恐らく付いていない)、各巻のコミックスカバーに作者コメントが寄せられていて、1巻には「新しいガンダムの切り口を発見したいと、はじめてコミックス発の仕事に参加させていただきました」という富野監督のコメントが載っています。
 『Vガンダム』以降「ガンダム」シリーズの監督を降りた富野監督がこれを書いているというのは、色々と考えさせられるものがあります。



 『クロスボーン・ガンダム』の好きなところを挙げろと言われたら、私は二十も三十も挙げられるのですが……その中の一つに実はこの「作者コメント欄での富野監督と長谷川先生のやりとり」があります(笑)。

 富野監督は繰り返し「長谷川先生の描く女のコは好みではない」と書いているのだけど、長谷川先生は何のことだか分かっていない――――というのもなかなかで(笑)。
 それこそ従来の「ガンダム」シリーズファンの中には、アニメでの「ガンダム」シリーズの絵柄との違いで「絵柄があんまり好きじゃないから『クロスボーン・ガンダム』は読まない」とか「『F91』の絵柄でアニメ化してくれたら観るのに」なんて言う人もいるのですが。


 でも、富野監督は作者コメント欄で
「長谷川先生の情熱と出会えて、少年時代の活劇を再現できると期待しています。」
「(長谷川先生の)作画やキャラクターに、アニメでは見られない側面があります」
「コミックらしい展開にしていただけたのは、ひとえに先生のおかげで、おれのシナリオどおりにやれ、といってしまったら、こうはならなかったんです。」
と、“長谷川先生の漫画であったから”この漫画が成り立ったんだとも書いているんです。


 これは本当にその通りだと私も思います。
 『クロスボーン・ガンダム』がもし全50話のテレビアニメだったら、スポンサーとか視聴率とかターゲット層とかに配慮しなくちゃならなかったでしょうし、こんなにもコンパクトに凝縮されたストーリーにならなかったと思います。
 かく言う私も最初に『クロスボーン・ガンダム』を読んだ時は長谷川先生の絵柄に戸惑いました。『F91』のキャラが!若返っている!!と思いましたもの(笑)。でも、読み進めていくと、この漫画は長谷川先生の絵柄じゃないとダメだと思えてくるし、女のコも好みになってきました。この絵だからこそ少年漫画的な王道成長物語が照れずに楽しめたのだし、トビアの成長に心を鷲掴みにされたのです。


<画像は『機動戦士クロスボーン・ガンダム』1巻作者コメントより引用>

 アニメの「ガンダム」シリーズから離れていた時期の富野監督と、「ガンダム」シリーズを情熱を持って少年漫画として描くことが出来る長谷川先生が合わさったからこその、奇跡のような作品―――それがこの『クロスボーン・ガンダム』なのです。
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○ 「人間」とは何か、「ニュータイプ」とは何だったのか

 この記事は「ガンダム」シリーズを全く知らない人に向けて書いているので、ものすごく簡潔に「ニュータイプ」という言葉を説明すると……1979年の第1作目『機動戦士ガンダム』に登場する「宇宙に適応して洞察力が鋭くなった新しい人類」という概念です。

 それゆえに作中では「(機械を使った)戦闘能力に優れている」と戦争に利用され、ファンの間でも「ニュータイプ」についての議論は「ガンダム」を語る際に欠かせないものとなってしまい……「人間の新しい可能性」だとか「超能力」だとか、言葉が一人歩きしてしまっているところがありました。
 長谷川先生が『クロスボーン・ガンダム』以前に描いた『Vガンダム外伝』や『逆襲のギガンティス』でも、長谷川先生なりの「ニュータイプとは何か」が描かれていますからね。


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 この『クロスボーン・ガンダム』にも「ニュータイプ」という言葉が出てきます。

 作中で説明されるので、この他の作品を知らなくても何も問題なく楽しめると私は思いますが……前述したように、「ガンダム」生みの親である富野監督が原作を担当しているので。最初の『ガンダム』以降一人歩きしてしまった「ニュータイプ」という概念に対する富野監督なりのケジメと、この後に富野監督が作る『ブレンパワード』『∀ガンダム』『劇場版Zガンダム』等で描かれる“隣人愛”に繋がる息吹のようなものが感じられるのです。


 例えばこの作品の第1話、木星圏に留学生としてやってきたトビアが「ここは人類の最先端なんだ!」と考えるモノローグがあります。この作品には各所にこうした「人類の進歩」や「人類の成長」を考えさせる描写があります。
 地球にいた人類が、宇宙に居住区を作り暮らすようになり、やがて木星圏まで進出して暮らすようになり―――人類がどんどん進化しているように思え、それはある意味では「人間」が「ニュータイプ」へと成長したかのように思えるのだけど。


<画像は『機動戦士クロスボーン・ガンダム』1巻第1話より引用>


 果たして、そうだろうか?

 というのがこの作品の肝になりますし、最初の『機動戦士ガンダム』以降に一人歩きしてしまった「ニュータイプ」という概念に戸惑った私が、初めて「これを描くために“ニュータイプ”という概念が生まれたのならそれはとても素晴らしいことだ」と思えた描写でした。何十回と読み返している漫画なのに未だに最終巻は泣いてしまうくらい、この作品は優しく「私達人間にはどんな価値があるのか」を描いてくれていると思います。

(関連記事:アムロ・レイは誰を殺すのか

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○ 総評
<画像は『機動戦士クロスボーン・ガンダム』4巻第5話より引用>


 以前「今まで読んできた漫画の中でベスト5を選んでください」と言われた際に、真っ先に「これは外せないな」と私が思ったのがこの『クロスボーン・ガンダム』でした。そのくらい大好きですし、愛着があるし、何より“存在するのが奇跡のような作品”だと思っているからです。

 たまたま富野監督がアニメ監督の仕事をしていない時期に、少年エースが出来て、長谷川先生がいて、たまたま「『F91』のその後の話」が諸事情で作られていなかったけど、「じゃあ『F92』を作ろう」ではなく「完全新作を作ろう」となったというのは―――色んな偶然が重なり合って起きた奇跡だと思うのです。


 絵柄の好みがあるのは仕方ないですし、「ガンダム」シリーズに王道少年漫画を期待していない人もいるんだとは思うのですが……「ガンダム」という枠を取っ払っても、多くの人に読んで欲しい私の大好きな漫画です。



 ちなみに『クロスボーン・ガンダム』の単行本は2011年に新装版が発売になっています。電子書籍版はこの新装版の方になるみたいですね。
 検索してみたところ、新装版は旧版と中身は一緒で、解説文やインタビューが追加されているみたいです。富野監督の作者コメントが収録されているかは検索しても出てきませんでした(笑)。

 更に更に、この『クロスボーン・ガンダム』が人気になったため……続編も幾つか出ています。作画は本編同様に長谷川先生ですが、富野監督はノータッチみたいですね。
 後の読み切りを集めた『機動戦士クロスボーンガンダム -スカルハート-』が全1巻、本編から3年後のトビア達の戦いを描いた『機動戦士クロスボーン・ガンダム 鋼鉄の7人』が全3巻、更に17年後の『Vガンダム』と同じ時代を描いた新主人公での『機動戦士クロスボーン・ガンダム ゴースト』が現在5巻まで出ていて連載中です。時間軸を詳しく説明しているイケメンのTweetがあったので、こちらを読めば分かりやすいかな。

 無印『クロスボーン・ガンダム』全6巻を読んで長谷川先生の漫画が気に入ったのなら楽しめると思います。

 富野監督は恐らくノータッチでしょうし、無印『クロスボーン・ガンダム』で描ききってしまったので、この記事で紹介した「人間とは」「ニュータイプとは」みたいな話には続編はあまり触れられていません。あの作品の後の世界で、長谷川先生の少年漫画節がより濃く絵が書かれている――――というところです。





 私は全部読んでいますし、『ゴースト』は主人公を変えたことで彼の成長物語として面白いのは面白いんですけど……まだ完結していないし、当分完結しそうにもないので、まだオススメかどうかはよく分かりません。



―2025年追記―
 『ゴースト』が全12巻で完結した後、『クロスボーン・ガンダムDUST』が始まってこれも全13巻で完結した後、『クロスボーン・ガンダム X-11』が2冊、『クロスボーン・ガンダム LOVE&PIECE』が現在2冊出ているそうです。

 私は『ゴースト』までは全巻読んで、『DUST』は途中まで買っているけどまだ1冊も読んでいなくて、『X-11』と『LOVE&PIECE』は今初めてタイトルを知ったのですが……

 「こんなにシリーズたくさん出ているってことは『カイジ』みたいに話が完結しないでタイトルだけ変えて仕切り直されているのかな」と誤解してしまうかも知れませんが、少なくとも『ゴースト』までは作品単位でちゃんとキレイに完結しています。
 キレイに完結しているのに続編が出るから、「せっかくキレイに終わったのにまだ続きやるの!?」と言われ、実際に読んでみたら「ちゃんとおもしれ―!」となるのが『クロスボーン』なんです。

 最後に、シリーズ前作のKindle本のアフィリエイトリンクをまとめておきますね。



 時間が出来たら、出ているもの全部ちゃんと一気に読みたい……
 39冊もあるけど……

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