ゲームの"アクション要素"って一体何だ?


<画像はゲームキューブ用ソフト『ペーパーマリオRPG』より引用>
 

 このブログでは、旧ブログの記事の中から「リクエストがあったもの」「私が絶対残したいと思ったもの」を手作業で移行しているのですが……先日、2010年に書いたこの記事を移行しました。



 スーファミ~プレステ時代の『ファイナルファンタジー』シリーズが採用していた、ゲージが溜まった順に行動できる戦闘システム「アクティブ・タイム・バトル」についての記事でした。
 この記事を書いたせいで、そこから6~7年に渡って「アクティブタイムバトルをアクションゲームだと認めないオマエのようなヤツがいるから、我々アクションゲームが遊べない人間が迫害されているんだ」とワケの分からない粘着コメントを関係ない記事にも書き込まれ続けたので、あまり良い思い出ではない記事だったのですが……

 リクエストしてもらったからにはと16年ぶりに読み返してみたら、今読んでもかなり興味深い話をしているじゃんと思ったのです。



 なので、この機会にTwitter(X)のアンケート機能を使って「みんなはどう思う?」と聞いてみることにしました。


【FF等のアクティブ・タイム・バトル(ATB)】

【マリオRPG等のアクションコマンド】

【どうぶつの森の虫捕り・魚釣り】

【麻雀や将棋のオンライン対戦】



 この4つのアンケートから何が読み取れますか?
 私は、シンプルにこういうことだと思うんですね。



 人によって、何を“アクション要素”と思っているかはちがう

 ただ、それだけ。
 「多数派が正しくて」「少数派が間違っている」なんて言うつもりはなくて、割合すらどうでもよくて、1票でも入っている限りそういう意見の人がいる証明になっていると思うんですね。
 例えば、『どうぶつの森』のレビューを書く際に「このゲームにはアクション要素があります」と書いて、そのレビューを参考に買ってくれた人がいた場合……13.6%の人には「コレはアクション要素じゃないでしょう! 騙された!」となりかねないんですね。


 "アクション要素"なんて定義が曖昧な言葉を使うから、思ったのとちがう受け取られ方をされて、その後ネチネチと数年に渡って呪いのコメントを書き込まれることになっちゃうのです!

 やめよう、定義が曖昧な言葉!


 そう考えて、16年間「ゲームのアクション要素」について考えるのをやめてきたワケですが、その結果別になにも好転していないし、世界中で新たな戦争が始まるし、人類はAIに絶滅させられそうだしで。

 「人によって定義はちがう」ことは大前提に、それでも両側から歩み寄るために「大体みんなこういう意味で使っているみたい」を言語化しておけないかなと思って、この記事を書くことにしました。




◇ アクションゲームが好きな人の「アクション要素」と、アクションゲームが好きじゃない人にとって「アクション要素」

 「アクション要素とは何か?」を考える前に、
 大前提として「アクション要素」なる言葉を肯定的な意味で捉える人と、否定的な意味で捉える人に分かれるという話をしておかなければなりません。


 例えば、『マリオ』や『ゼルダ』や『モンハン』が大好きで、好きなゲームジャンルはアクションゲームです!というAさんに―――「このゲームはRPGだけど、戦闘はアクション要素が強いんだよ」と教えたとします。
 恐らくAさんは、「そうなんだ! じゃあ、ちょっと興味あるな」となると思うんですね。

 アクションゲームが大好きなAさんにとっては、「アクション要素」は興味を引く肯定的な意味で捉えられるんですね。



 逆に、『ポケモン』や『ドラクエ』などのコマンドバトルRPGが大好きで、アクションゲームは頼まれても遊びたくない!というBさんに―――「このゲームはRPGだけど、戦闘はアクション要素が強いんだよ」と教えたとします。
 恐らくBさんは、「そうなんだ。じゃあ、私には関係のないゲームだな」となると思うんですね。

 アクションゲームが大嫌いなBさんにとっては、「アクション要素」はそれだけで手に取らなくなる否定的な意味で捉えられるんですね。




 人間は「好きなもの」以上に「嫌いなもの」への嗅覚が鋭くなるもので。
 例えば私はマヨネーズが生理的に苦手で、マヨネーズのニオイがするだけで鼻呼吸を諦めて口呼吸に切り替えるくらいに嫌いなのですが……マヨネーズが好きな友人だったり家族だったりには、「え? マヨネーズのニオイなんかする?」と言われるんですよ。マヨネーズが好きな人よりも、マヨネーズが嫌いな私の方がマヨネーズのニオイに敏感なんです。




 同じようなことは、フィクションに対する「地雷」にも言えて。
 ゲームにおける“アクション要素”が「地雷」な人ほど、“アクション要素”に敏感だと思うんですね。


 さっき例に出したAさんとBさんに、「どこからがアクション要素だと思う?」と聞いていくと。
 アクションゲームが大好きなAさんは恐らく「アクションゲームの特に好きな部分」を連想するのに対して、
 アクションゲームが大嫌いなBさんは恐らく「ありとあらゆるゲームの中に入り込んでいる、自分の許せない部分」を連想するのだと思うんですね。


 これは記事の冒頭に貼ったのと同じ、「アクティブ・タイム・バトルを“アクション要素”だと思うのか」のアンケート結果です。
 アンケート結果に影響が出るといけないので、私はTwitter(X)には自分の意見を書かないようにしていたのですが……もう結果が出たので、私の意見もこの機会に書いておきます。

 私にとってアクションゲームの定義は「一体感」なので、アクティブ・タイム・バトルを“アクション要素”だとは思えません。そこから6~7年に渡って粘着アンチコメントを書き込まれ続けても、考え方は変わりません。

 十字キーの右を押したら、ゲーム内のキャラクターも右に進む。
 ジャンプボタンを押したら、ゲーム内のキャラクターもジャンプする。

 自分の思考とキャラクターの動きが一致する―――そのシンクロ率が高い&出来ることが多いゲームほど「アクション要素の強いゲーム」だと認識しているので、コマンド(命令、指示)という形でキャラクターに行動をしてもらうコマンドバトルRPGは、アクティブ・タイム・バトルであっても“アクション要素”とは思えないんですね。


 人によって「アクションゲームかどうかの定義」が分かれそうなジャンルだと、
 「リアルタイムストラテジー」や「タワーディフェンス」も、私が直接キャラクターを操作するのではなく、キャラクターに「指示」を出すゲームなので、私にとってはアクションゲームではないと思っていますし。


 アンケートをとった『マリオRPG』などの「アクションコマンド」や、『Dの食卓』や『シェンムー』のQTEも、自分=キャラクターとの身体的一致度が低いため“アクション要素”だと私には思えません。
 私がボタンを押さなくてもマリオは勝手に攻撃するのに、そのマリオの動きに合わせて私がボタンを押すのは、「私がマリオを操作している」のではなく「マリオに私が操作されている」ように感じるんですね。

 


 『逆転裁判』のようなテキストアドベンチャーゲームも、私とナルホド君の「一体感」が少ない(自由に操作できるワケでない)ためアクションゲームには思えませんが……

<画像はファミリーコンピュータ版『ミシシッピー殺人事件』より引用>

 『ミシシッピー』のように自分の思った通りにキャラクターを動かすアドベンチャーゲームは、『逆転裁判』よりかはアクション要素の強いゲームだと思います。ナイフも避けなくちゃいけないし。



 まぁ、この基準だけでは分類できないものももちろんありますけどね。
 「落ちものパズルゲーム」とか「リズムゲーム」とかだと、明らかにアクション要素はあるのだけど、果たして俺は何と「一体感」を感じているんだよと思うことがありますし。

 私の叩いているノーツ、誰のパートなんだよ。


<画像はiOS版『バンドリ!アワーノーツ』より引用>

 まとめると、私にとってアクションゲームは「キャラクターとの一体感」が楽しくて遊ぶゲームなので、それを感じられないものは“アクション要素”とはあまり思えないんですね。



 しかし、コレはアクションゲームが好きな私(ほんとぉ?)の感覚なので、アクションゲームが大嫌いな人にとっては違うことでしょう。

 (ちゃんと言語化してくれる人がいないので私が憶測で書くしかないのですが)アクションゲームが嫌い(苦手、不得意)な人にとっては、ファミコン以前のコマンドバトルRPGやシミュレーションRPG、テキストアドベンチャーゲームなど「じっくりと時間をかけて考えることを許されるゲーム」―――以外は、恐らくすべて「アクションゲーム」もしくは「アクション要素のあるゲーム」という認識だと思うんですね。

 アクティブ・タイム・バトルはアクション要素だし。
 QTEももちろんアクション要素だし。
 『サクラ大戦』のLIPSもアクション要素。

 少しでもマヨネーズのかかった料理は私は食べられないように、少しでも「じっくり考える時間」をくれないゲームは遊べない=憎きアクション要素のあるゲームということだと思うんですね。





 でも、『麻雀』や『将棋』などの時間制限は、アクション要素だと思う人が(アクティブ・タイム・バトルと比べて)減っているんですよね……


 
 アクションゲームかどうか(アクション要素かどうか)の基準を「敵がいるかどうか」で考える人もいるでしょう。
 しかし、アクティブ・タイム・バトルで戦うモンスターも、『麻雀』や『将棋』のオンライン対戦の相手も、同じように「敵(対戦相手)がいるゲーム」です。じっくりと考えられる時間の猶予がないのも一緒です。


 しかし、アクティブ・タイム・バトルと比べて『麻雀』や『将棋』の方が「アクション要素だと思っている人」が減っているのは何故か?
 さっき「割合もどうでもイイ」と書きましたが……私はここにこそ「アクションゲームが苦手な人は、アクションゲームの何がイヤだと思っているか」の鍵があるように思えます。




◇ 「敵のいるゲーム」と「敵がいる意味」

<画像はNintendo Switch版『ロードランナー・レガシー』より引用>

 ちょっとだけ話が逸れますが、最近の私はパソコンがぶっ壊れまして、その交換パーツが届くまでやることがなかったため……こういう「たっぷり時間のある機会」じゃないとプレイしなさそうな積みゲー『ロードランナー・レガシー』を始めました。

 『ロードランナー』とは、元々は1983年にアメリカで作られたパソコン(AppleII)用のアクションパズルゲームです。日本では1984年にハドソンから発売されたファミコン版がミリオンセラーを達成していて有名かな。

 『ロードランナー・レガシー』は2017年にSteam版、2018年にNintendo Switch版が発売されたシリーズの新作で、特にステージやキャラクターを自分で作ってオンラインでシェアできる「クラフトモード」が話題になりました。


 私は『ロードランナー』シリーズ自体を遊んだことはないのですが、アクションパズルゲームは好きなジャンルですし、随分前にセールになっているところを買って積んでいたのだと思います。
 そして、実際に遊んでみて「あー、こういう“敵”に追い回されるタイプのアクションパズルは、私にとっては地雷かも知れない」と分かりました。



<画像は3DSDLソフト『ラビ×ラビ えぴそーど3』より引用>

 例えば、『ラビ×ラビ』シリーズなどの比較的最近のアクションパズルにも“敵”は登場するのですが、同じ場所を行ったり来たりするだけで、「トゲ」とかのステージギミックとあまり変わりないんですね。

 なので、“敵”がいてもじっくりと考えることが出来ます。


<画像はNintendo Switch版『ロードランナー・レガシー』より引用>

 しかし、『ロードランナー』の“敵”は、プレイヤーがどこにいるかを把握した上で、複雑なルーチンでステージ中を追い回してきます。そのため、「さっきはここに敵がいなかったのに、今度は道を塞いじゃってるじゃん」ということが頻発するんですね。

 ☆3つを取ろうとすると「ノーデスボーナス」が必要なんだけど……例えば攻略動画を見て「私もまったく同じ動きをすればクリアできるはずだ」とマネてみても、少しの動きのタイミングの差で、敵の動きがまったく変わってくるのです。攻略に再現性がない、というべきか。

 アクションパズルのゲームが好きだからこそ、私にはそれがストレスで。
 同じような理由でブラッキーに追い回される『レッキングクルー』も早々に投げ出してしまったので、この時代のアクションパズルが私には合わないんだよなぁと分かりました。




<画像はNintendo Switch版『ロードランナー・レガシー』より引用>

 しかし、このゲームにはメインとなる「Adventure」モードだけでなく、敵が一切出てこない詰将棋的な「Puzzle」モードもあって―――こちらも別に難易度は低くないというか、ブロックを削ってから元に戻るまでの時間を綿密に計算してシビアなタイミングで動かなくちゃならないので「アクションゲームとしての」難易度も高いのですが……こちらは楽しく遊んでいます。

 というのも、こっちのモードだと敵が予想外な動きをして「盤面を変えたりしない」ため、「さっきはこうやったけどダメだったから、次はこうやってみよう」と再現性のあるトライ&エラーができるんですね。私がアクションパズルゲームに求めているのはコレなんだと思いました。



 そんな話を踏まえ……
 ここでさっきの「アクティブ・タイム・バトル」と「『麻雀』『将棋』のオンライン対戦」の話に戻します。どちらも「敵」が出てくるし、「じっくりと考えている時間はない」ゲームなのに、どうして「アクティブ・タイム・バトル」の方が“アクション要素”と捉えている人が多いのか―――

 恐らくですが……
 アクティブ・タイム・バトルは「考えている間に敵が行動してくるので、そこで戦況が変わってしまう」のに対して、
 『麻雀』や『将棋』は「私が考えてイイ時間には制限があるけど、そのターンの間に敵が動くことはない」んですね。


 つまり、「こちらが考えている間」に「盤面を変えてくる敵」が存在するかどうかが、“アクション要素”の一つの定義(と捉えている人がいるん)じゃないかと思うのです。


 言い換えてしまえば、「アクションゲームの敵」と「アクションゲームの障害物」の差は、「盤面を変えてくるかどうか」であって―――
 アクションゲーム(アクション要素)とは、「盤面を変え続ける敵に対して、こちらが臨機応変に対処しなければならないゲーム(要素)」と定義づけることが出来ると思います。


 いや、さっき書いたように私自身そうは思わない(キャラクターとの身体的一致を感じないゲームはアクションゲームとは思えない)んですけど……
 そう認識している人が一定数いるのなら、「このゲームにはアクション要素があるよ!」「ないよ!」と紹介する際にそこを気を付ければ、認知のズレが起こって思わぬ事故につながることも減るんじゃないかと思うんですね。




◇ アクションゲームとは「頭を使うゲーム」である
 
 アクションゲームが嫌いで、アクションゲームをマトモに遊んだことがない人は「RPGやシミュレーションゲームは頭を使うゲーム」「アクションゲームやシューティングゲームは運動神経が必要なゲーム」と認識しているかも知れないし。
 実際、私も何度か「私は運動神経が鈍いのでアクションゲームが遊べません」と言われたことがあるのですが……

 そういう人は、そもそも「アクションゲームが何なのか」を分かっていないと思います。
 アクションゲームこそ、頭を常時フル回転させるゲームなんですよ。




<画像はWiiバーチャルコンソール版『忍者じゃじゃ丸くん』より引用>

 前項で書いたように、アクションゲームの敵は常に「盤面を変化させ続ける」ものです。こっちに近づいてきたり、攻撃を放ってきたり、ゲームによっては地形すら変化させてきたりします。
 その「変わり続ける盤面」に対して、目や耳で情報を受け取り、瞬時に判断して、そこから対応策を考えて、最後に指を動かしてキャラクターを動かしたり(キャラクターに指示を出したり)するのです。


 最後に指を動かすところは「運動神経」ではありますが、「今からAボタンを押すぞ!」と考えてから実際にAボタンを押すまでの時間は、「私」も「アクションゲームが苦手だと思っている人」も「プロゲーマー」も「大谷翔平さん」も大して変わらないと思います。あったとして0.1秒とかの次元です。

 大きく差が出るのは、むしろ「目や耳で情報を受け取り、瞬時に判断して、そこから対応策を考えて」の方です。判断や思考のスピードには個人差があって、その個人差によって「最後の指を動かす」までの時間が大きく変わるんです。これは1秒単位で差が出ると思います。



 でも、こういう話ってみんな言わないようにしてますよね。
 だってほら……「私は運動神経が鈍いのでアクションゲームが遊べません」と言っている人に対して、「え? アクションゲームって運動神経よりも頭を使うゲームですよ?」って言うのって、

 「オマエがアクションゲームが下手なのは、頭が悪いからだよ」って言うようなものですからね。そんなこと言って嫌われたくないから、みんな「へぇ……ふーん、大変、だねぇ……」と言葉を濁しているのです。



Q.やまなしさんはそんなこと書いて、嫌われるのが怖くないんですか?

A.私だってメチャクチャ言われてるもん!!!!
 「ゲームが下手な人」のプレイを見せようと生配信を始めたら、「オマエはゲームが下手なんじゃない。頭が悪いんだ」「だからゲームが下手とか言ってるオマエは嘘つきだっ!!」って、ずーーーーーーーーーっと言われ続けましたからね!




 なんでその2つを分けるんだよ!!

 「ゲームが下手」ってのは、「頭が悪い」と同義なんだよっ!!!!

 
 もちろん「頭が悪い」には、いろんな種類の「頭が悪い」があります。
 例えば、記憶力が悪い人。
 例えば、思考のスピードが遅い人。
 例えば、知識の引き出しが少ない人。

 「国語」「算数」「化学」に「物理」に「生物」に「地学」、「地理」に「歴史」に「外国語」……も「リスニング」と「リーディング」と「ライティング」と「スピーキング」は別能力か。みんなそれぞれ得意科目がちがったように&苦手科目がちがったように、みんなどこかが「頭が良くて」、どこかが「頭が悪い」んです。


 同じように「ゲームが下手」にも、いろんな種類の「ゲームが下手」があって。
 シミュレーションゲームで使う「頭の部分」と、
 コマンドRPGで使う「頭の部分」と、
 パズルゲームで使う「頭の部分」と、
 アクションゲームで使う「頭の部分」と、
 アドベンチャーゲームで使う「頭の部分」と、エトセトラエトセトラ……

 これら全部ちがうんですね。
 アクションゲームの場合、「敵の攻撃パターン」と「こちらが取れるアクション」を全部覚えた上で、変えられた盤面から「どう対処すべきか」を瞬時に判断しなければならないので―――例えるなら、「数学の公式」を20コ覚えた上で、その公式を使った計算の早解きをさせられるみたいに頭を使うのがアクションゲームなんです。



Q.でも、アクションゲームを実況している人って、何も考えてなさそうに見えるよ?

A.それはアクションゲームに限らず、RPGやシミュレーションもそうだし、もっと言うとスポーツとか音楽とかお絵描きとかだってそうだと思いますが……そのジャンルやシリーズをずっと遊び続けている人は、「本来考えなければ出来ない行動」を「考えなくても自然に体が動いて出来る」ように自動化しているからです。



<画像はNintendo Switch用ソフト『テトリス99』より引用>

 分かりやすいのは『テトリス』などの落ちものパズルゲームです。
 私なんかは、来たブロックを1つ1つ「うわうわうわ、どこに入れよう!」と考えてから動かすので時間がかかってしまうのですが……『テトリス』をむちゃくちゃ遊んでいる人は「この盤面の時に次のブロックがコレだったらここに入れるのがベスト」みたいな決め事を事前に作っているので、思考する前に体を動かせるんですね。

 アクションゲームは、言ってしまえば「本来頭を使って考えなくてはいけない部分」を「如何に考えなくても半自動化できるか」を鍛えるジャンルだと言えます。



<画像はSteam版『The Messenger』より引用>

 アクションゲームのボス戦は、いくつかある敵の攻撃パターンに対して「こうすれば当たらない」対処方法をプリセットしておいて、それを引き出す感覚です。

 例えば、敵が突進してくるときは「壁に張り付く」。
 敵が岩を投げてきた場合は、「ジャンプして避ける」。
 敵がボールのように転がってきたときは「下をくぐる」。

みたいに、何度かコンティニューして挑戦して「敵の攻撃パターン」に合わせた「その対処方法」を探し、敵がそれをしてきたら事前に用意しておいた対処方法の動きを考えなくても出来るように自動化させていくんですね。


 脳の処理能力を余らせておくため、パターン化できるところは頭を使わなくても出来るようにしていく……というか。


 もちろん一つ一つの基本操作もそう。
 「ジャンプしなきゃ!」→「ジャンプボタンは……えーっと、Aボタンだから、Aボタンを押すぞ!」→ Aボタンを押すという作業を、最初は考えなければできなかったのを、いろんなアクションゲームをプレイし続けることで「ジャンプしなきゃ!」→Aボタンを押すと出来るようにしていくんですね。

 これ、ジャンプの例えだと「それは最初から出来る人と出来ない人に分かれているでしょ」「やまなしさんにはアクションゲームが苦手な人の気持ちが分からないんだ」「だから6~7年かけて粘着アンチコメントを書き込み続けてやる!」と思われるかもですが、アクションゲームをたくさん遊んでいる人もゲームごとに一つ一つの操作を覚えて身にしみこませていくんですよ。

 「敵が飛び込んできたぞ」→ 「昇竜拳を撃たなくちゃ!」→ 「昇竜拳のコマンドは……右、下、斜め+パンチボタンだ!」→ 右、下、斜め+パンチボタンを押す→ 昇竜拳が出るだったのを、「敵が飛び込んできたぞ」→  昇竜拳が出るまで自動化して「思考の時間を短縮する」ために練習するんですね。



 
 んで、そこまでの努力の過程を見ずに「半自動化できるようになった姿」だけ見たアクションゲームが苦手な人は、「こんなに早く操作できるなんて、アクションゲームを遊ぶ人は私とは運動神経がちがうんだ!」と思ってしまうという。

 神絵師が最初から絵が上手かったワケではなく、こどもの頃から莫大な時間を「お絵描き」に費やして、理論を勉強したり、上手い人の絵をマネて描いてみたりして……ちょっとずつちょっとずつ上手くなっていったのと同じように。


 「ゲームが上手い人」も生まれつきゲームが上手かったワケではなくて、人生の時間をそれだけゲームに費やしてきたからちょっとずつ上手くなっていったんであって……それは「アクションゲームが上手い人」も「RPGが上手い人」も「パズルゲームが上手い人」も、みんなそうだと思います。



Q.ということは、40歳からアクションゲームを始めても、5歳からずっとアクションゲームを遊んでいる若者には絶対に適わないってことじゃない?

A.せやね…………



 10年前にゲーム実況を始めて、「今まで遊んだことのなかったジャンルやシリーズ」に初挑戦する様を見せてきた私ですが。
 人生の残り時間を考えると、「今までまったくスキルポイントを振ってこなかったジャンルを1から始めるのは厳しい」と思うようになってきました。私にとっては3Dアクションゲームとか、レースゲームとかがその辺。


 だから、私は「アクションゲームが大嫌い」な人に「オマエもアクションゲームを遊べ!」なんて言う気はないです。楽しいと思えないことをムリヤリやったところで、誰も幸せになりませんからね。
 ただ、「私は生まれつき運動神経が鈍いのでアクションゲームが遊べないんです」と言われたら、それはちがうよ、アナタが今までの人生でどこにスキルポイントを振ってきたかって話であって、その責任はアナタの人生にあるんだよと言わなくてはなりません。


 少なくとも、一般的に「アクションゲームが遊べる」レベルの話ではね。
 プロゲーマーを目指して、世界一になりたいとかだと、そりゃ最終的には視力とか体力とか運動神経で差が付くんだろうとは思いますが。

コメント

  1. アクションゲームの定義は難しいですね。
    私は「自分の判断でタイミングよくボタンを押すゲーム」なのかなあと思いました。
    アクションの代表マリオは右に進むか左に進むか、どの場所でジャンプするかなどの判断が必要で、かつタイミングよくボタンを押さなければなりません。
    ATBはコマンド選択など自分の判断は伴いますが、タイミングをはかったりはしないのでアクションゲームではない、QTEはタイミングを見ますが、何のボタンを押すかの判断は無いのでアクションゲームではないと思いました。
    音ゲーもタイミングよくボタンを押すゲームですが、判断力は使わないのでアクションではないかなあと。
    でもこの定義の仕方だと、テトリスもシューティングゲームもアクションゲームになってしまいそう。
    アクションゲームとアクション要素のあるゲームとは別なのかもしれない。

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