「知りすぎている人」のレビューの危うさ

  私は普段サブスクには加入していないのですが、『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』の同時視聴会(※1)をDiscordでやろうという話になって、1ヶ月だけAmazonプライム会員になりました。

(※1:映像を画面共有するのではなく、各々が「せーの」で同時に再生して、同じタイミングで映画を見ることでボイスチャットで感想を共有する会です)



 私は「ガンダムヲタク」というより「富野由悠季監督の信者」なので、元々の『閃光のハサウェイ』の原作小説は読んでいて、今回の同時視聴会に合わせて原作の2巻(中巻)も読み返しておきました。

 元々「地味な話」の『閃光のハサウェイ』の中の、更に「地味な部分」だけを映画化するの大変そうだなーと思っていたのですが……
 原作のとある部分にスポットライトが当たるように再構築してあったり、後半にアニメオリジナル展開があったりしたおかげで、「閃光のハサウェイがどういう作品なのか」がものすごく分かりやすくなっていたと思いました。テレビ版『Zガンダム』→ 劇場版の『新訳Zガンダム』くらい、私はよく出来た映画化だったと思います。




 しかし、今日の記事は「ハサウェイの映画、おもしれー」という話がしたいワケではありません。

 Discordで初見の人といっしょに観て、初見の人のリアクション込みで観ていたところ……「画面がトンデモなく暗かったり」「主観視点を多用している戦闘シーンだったり」「元々の富野さんの会話劇が難解だったり」「そもそも状況が複雑な上に固有名詞が多かったり」で、今この映画が何をやっているのかが伝わっていないフシが結構あったんですね。

 「そもそもハサウェイ達って何をやろうとしているの?」から分かっていないみたいで、そこで気付いてしまったんです。



 初見の人には「分かりづらくて、難解な映画」を、原作小説を何回も読んで、直前にも読み返している私は「ものすごく分かりやすくなった映画」だと捉えてしまっていることに―――

 私は画面が暗くても何が起こっているのかを知っているし、主観視点の戦闘シーンも「小説を映像化したらそうなる」だろうとそこまで違和感なかったし、富野さんの難解な会話も「それが楽しい」と思っちゃうし、原作の最後までを知っているから「今、何をしているのか」も把握しているしで……まったく不満がなかったんです。


 つまり、ですね。

 原作を4周とか読んでいる私の「すごく分かりやすい映画だった!」って感想を。
 初見の人が鵜呑みにして「じゃあ観てみようかな」と観たら、ワケ分かんねー!!!ってことが起こっちゃうよなと思ったのです。


 「知りすぎている人」の感想とか、レビューとか、「オススメだよ!」とかって、初見の人にとっては信用ならないんだってゾッとしたんですね。



 逆の立場なら、すごくよく分かるんですよ。

 例えば、3Dアクションゲームとか、レースゲームとか、今まであまりプレイしてこなかったジャンルのゲームに勇気を出して挑戦しようと思い、ネットで検索して評判の良いものを買って遊んでみても、あまりに難解すぎて序盤で投げ出してしまった―――なんてこと1度や2度じゃありません。

 「難易度が高い」かどうかじゃないんですよ。
 「システムが複雑すぎて、何を楽しむゲームなのかすら分からない」んです。


 評判の良い「3Dアクションゲーム」は、「普段からたくさん3Dアクションゲームを遊んでいる人」=「知りすぎている人」の間での評判が良いなので、それまでの3Dアクションゲーム―――例えば、『DOOM』も『マリオ64』も『時のオカリナ』も『真・三国無双』も『Halo』も『バイオ4』も『モンスターハンター』も『スカイリム』も『マインクラフト』も『ダークソウル』も『Splatoon』も『フォートナイト』も全部遊んでいることが前提の「面白い!」だったりするんですよ。

 「初めて遊ぶ3Dアクションゲーム」じゃなくて、
 「3Dアクションゲームを遊びつくした人が面白い3Dアクションゲーム」というか。


 もちろん「3Dアクションゲーム」は一例なので、各々そこに自分が碌に触れたことがないものを代入して考えてください。「シミュレーションRPG」だったり、「異世界転生もののアニメ」だったり、「野球観戦」だったり、「モケケ集め」だったり―――



 『マリオ』とか『ドラクエ』とかでもよく、「シリーズ全作遊んでいるけど今作が一番簡単だった」みたいに言う人がいるじゃないですか。
 そりゃそうだろって思うんですよ。シリーズ全作遊んでいるなら、それだけオマエ自身に経験値が溜まっているんだから、遊べば遊ぶほど「強くてニューゲーム」状態になるじゃないですか。シリーズ全作遊んでいる人の感想なんて、一番信用できないんですよ。

 だから、例えばファミ通クロスレビューとかも「そのジャンルやシリーズにムチャクチャ詳しい人」と「そのジャンルやシリーズにまったく触れたことがない人」にそれぞれの立場で書いて欲しいです。
 そうすれば、「そのジャンルやシリーズにムチャクチャ詳しい人」は前者を参考にするし、「そのジャンルやシリーズにまったく触れたことがない人」は後者を参考にするじゃないですか。

 なのに、「合計点・平均点が高いゲームが良いゲームだ」なんて誤解のせいで、誰の立場でも書かれていない似非客観的なレビューが量産されて、誰の参考にもならないという。





 そして、これは「私にも跳ね返ってくる話」で。
 私がどうしてレトロゲームを中心に実況しているかというと、ジャンルの黎明期とかシリーズの1作目とかなら「知りすぎている人」がいないので、当時の人と同じように私も「こんなもの初めて遊んだ!」と1から楽しめるかなと思っているからなんですが……

 それが積み重なっていくと、私も次第に「知りすぎている人」になっちゃうんですよね。

 例えば、『バンドリ!アワーノーツ』を「初めてスマホ用のリズムゲームを遊ぶ人」の気持ちになってレビューを書くことは私には出来ません。
 『スクフェス』があって、『デレステ』があって、『ガルパ』があって、『プロセカ』があって、『D4DJ』があって、『アワーノーツ』があるので……それら全部を見てきた私には「このシステムはどうしてこうなっているのか」が分かる強みはあるのだけど、初めて遊ぶ人がどこに躓くのかは分からないんですね。

 『キルケーの魔女』の画面の暗さが特に気にならなかったみたいに、「知りすぎている人」には「知らない人」の気持ちは分からないのです。




 いや、まぁ……だからと言って「今後レビューを書くのはやめる」とかそういうことではないんですが(このブログのレビューは、誰のためでもなく私が自分自身のために書いているので)。
 それぞれの作品を楽しめる「予備知識」を、自分がどれくらい持っているかの意識はちゃんと持っておいた方がイイなと思いました。

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