『プロ野球ファミリースタジアム』レビュー/野球ゲームは単純なアクションゲームから戦術のゲームへ

 
<画像はファミリーコンピュータ用ソフト『プロ野球ファミリースタジアム』より引用>


時代性:「ファミスタ以後」ファミコンは野球ゲームで溢れていく
オールスター性:みんなファミスタで野球選手を覚えたんだ
革新性:禁断の「キャラ性能差」によって、用兵の概念が生まれる


『プロ野球ファミリースタジアム』
・開発/発売:ナムコ
 ファミリーコンピュータ用ソフト:1986年12月10日発売
・野球アクションゲーム
・パスワードでコンティニュー

 私がクリアまでにかかった時間は約4.5時間でした
 ※ネタバレ防止のため、読みたい人だけ反転させて読んでください




◇ 「ファミスタ以後」ファミコンは野球ゲームで溢れていく

 今日レビューするゲームは、1986年12月にファミリーコンピュータ用ソフトとして発売された「初代ファミスタ」です。
 え? 2026年にわざわざ初代ファミスタのレビューなんて書くの?と思われそうですが、ゲームの歴史において「ファミスタ以前」「ファミスタ以後」が明確に分かれるくらいターニングポイントになったゲームなのでしっかり書いておこうと思います。スポーツゲームは特に、「売上」に対して「インターネットでゲーマーがあまり語り継がない」ジャンルですしね。



 まず、ファミスタ以前に「野球ゲーム」が存在しなかったワケではありませんし、「プロ野球を題材にした野球ゲーム」もありました。


 「野球盤」のような仕組みのボードゲームは戦前からあったのですが、それを電子ゲームにする流れは1970年代末に起こります。

 例えば、バンダイの「ベースボール」(1978年発売)や、
 エポック社の「デジコム9」(1979年発売)など。

 バンダイの「LSIベースボール」では盗塁が出来たり、エポック社の「デジコム9」ではバントが出来たり、思ったより複雑なことが出来ていて驚きます。


 時間軸は前後しますが、テレビに接続するタイプのゲームではエポック社が1978年に「テレビ野球ゲーム」なるものを発売しています。元となっているのが「野球盤」なのだから当然なんですが、ゲーム性はこの頃からもう完成されているんですよね。
 この「テレビ野球ゲーム」は、1981年に発売されたエポック社のゲーム機「カセットビジョン」にも『ベースボール』というタイトルで発売されます。



 そして、ファミコンが発売されるよりも前の1983年3月のアーケードゲームでセガが『チャンピオンベースボール』を発売、同年10月にはSG-1000での移植版も発売されます。

 ゲームカタログには「それまで投げる・打つ・守るだけのゲームだったコンピュータ野球ゲーム」「バント・走塁・変化球の操作を完成させた、今日におけるコンピュータ野球ゲームの原点とも言えるソフト」とむちゃくちゃテキトーなことが書かれているのですが……前述した通り盗塁は「LSIベースボール」で、バントは「デジコム9」で実現していますし、変化球もそれらのゲームにありました(まぁ、レバーと組み合わせた操作体系を確立させたという意味では間違っていないのだけど……)

 このゲームの革新的だったところは、プロ野球12球団を再現していて「選手」に名前が付いていて打率や防御率などの個性を持たせていて、アーケード版は「選手交代」もできたところです。
 この「選手」のデータがどの程度ゲーム内でキャラ差になっているのかは遊んだ人にも実感できなかったそうですし、「選手交代」もしてもしなくてもどっちでもイイオマケ要素みたいなものだったらしく……その辺が「ファミスタ」との差だったという話は後程で。


 


 そして、ファミコンの時代がやってきます。

 1983年7月に「ファミリーコンピュータ」を発売した任天堂は、その年の12月に『ベースボール』を発売して、日本だけで235万本も売り上げていたそうです。


<ファミリーコンピュータNintendo Switch Online版『ベースボール』より引用>

 守備はオートですが、盗塁やバントなども可能で、変化球の投げ分けも出来ます。
 選手一人一人のデータはありません。セ・リーグ6球団を選べますが、ユニフォームの色がちがうだけで能力はみんな一緒です(当然、選手交代もなし)。




 当時は「娯楽といえば野球」の時代でしたから、野球漫画もむちゃくちゃ多かったし、当然のように野球ゲームもキラーコンテンツになったんですよね

 パソコン用のゲームでも野球ゲームは多数発売されています。

 …アクションゲームではなく、監督になって細かく指示するシミュレーションゲーム
・1983年『ベースボール』(パックス・ソフトニカ)
 …横画面の野球ゲーム!!
・1984年『野球狂』(ハドソン)
 …セパオールスターの2チームだが、選手の名前とデータは自由にエディット可能
・1984年『ベストナインプロ野球』(アスキー)
 …後に『ダビスタ』を作る薗部さんの出世作。アクションゲームではなくシミュレーションの野球ゲームの金字塔で、ファミコンには1988年に『ベストプレープロ野球』の名前で発売


 『チャンピオンベースボール』以降のアーケードゲームでも、もちろん野球ゲームは出続けていました。

・1984年『ビクトリアスナイン』(タイトー)
 …打者視点のアングルはファミスタの原型っぽいし、高低の投げ分けもできる
・1985年『プロ野球入団テスト トライアウト』(データイースト)
 …野球の要素を細分化して、『ハイパーオリンピック』のように遊ばせる
・1985年『ザ・高校野球』(アルファ電子)
 …『チャンピオンベースボール』を開発したアルファ電子の野球ゲーム
・1986年『メジャーリーグ』(セガ)
 …画面のアングルはほぼファミスタ。トラックボールでの操作が面白そう



 ということで……
 『ファミスタ』以前から、「野球ゲーム」は人気ジャンルの一つだったんですね。
 ゲーム性の部分は「野球盤」の頃から確立されているし、プロ野球12球団が選べるゲームもセガの『チャンピオンベースボール』以降は普通でしたし。バッター視点に切り替わるのも『ビクトリアスナイン』が2年前にやっています。


 『ファミスタ』はそれらのゲームより後追いだったし、それらのゲームに比べて一見すると「機能が少なくなっている」ように思えたかもしれません。12球団全部は揃っていないし、高低の投げ分けもできません。エディットモードもないし。


 しかし、任天堂の『ベースボール』以降はファミコンでは野球ゲームが出ていなかったのに、『ファミスタ』の登場でファミコンが野球ゲームだらけになるのです。


<ファミコンの野球ゲーム一覧>
・1983年12月『ベースボール』(任天堂)

・1986年12月『プロ野球ファミリースタジアム』(ナムコ)
 1987年12月『プロ野球ファミリースタジアム'87』(ナムコ)
 1988年12月『プロ野球ファミリースタジアム'88』(ナムコ)
 1989年7月『ファミスタ'89 開幕版』(ナムコ)
 1989年12月『ファミスタ'90』(ナムコ)
 1990年12月『ファミスタ'91』(ナムコ)
 1991年12月『ファミスタ'92』(ナムコ)
 1992年12月『ファミスタ'93』(ナムコ)
 1993年12月『ファミスタ'94』(ナムコ)

・1987年6月『燃えろ!!プロ野球』(ジャレコ)
 1988年8月『燃えろ!!プロ野球'88決定版』(ジャレコ)
 1989年7月『新・燃えろ!!プロ野球』(ジャレコ)
 1990年7月『燃えプロ!'90感動編』(ジャレコ)
 1991年11月『燃えプロ!最強編』(ジャレコ)

・1987年12月『エキサイティングベースボール』(コナミ)

・1988年6月『究極ハリキリスタジアム』(タイトー)
 1988年12月『究極ハリキリスタジアム'88』(タイトー)
 1989年7月『究極ハリキリスタジアム'89 平成元年版』(タイトー)
 1991年3月『究極ハリキリスタジアムIII』(タイトー)
 1992年3月『究極ハリキリ甲子園』(タイトー)

・1988年7月『スーパーリアルベースボール』(バップ)
 1991年7月『ベースボールファイター』(バップ)

・1988年7月『ベストプレープロ野球』(アスキー)
 1988年10月『ベストプレープロ野球 新データ』(アスキー)
 1990年3月『ベストプレープロ野球II』(アスキー)
 1990年12月『ベストプレープロ野球'90』(アスキー)
 1992年10月『ベストプレープロ野球スペシャル』(アスキー)

・1989年3月『ペナントリーグ ホームランナイター』(データイースト)
 1990年5月『THEペナントリーグ ホームランナイター'90』(データイースト)

・1989年5月『ベースボールスター めざせ三冠王』(SNK)
・1989年8月『名門!第三野球部』(バンダイ)
・1989年10月『甲子園』(ケイ・アミューズメントリース)
・1989年10月『かっとび!童児』(パック・イン・ビデオ)
・1989年10月『メジャーリーグ』(アイレム)
・1989年10月『ソフトボール天国』(トンキンハウス)
・1989年10月『超人ウルトラベースボール』(カルチャーブレーン)
・1989年12月『ファミコン野球盤』(エポック社)
・1989年12月『激闘スタジアム!!』(テクモ)
・1989年12月『I LOVE ソフトボール』(ココナッツジャパン)
・1989年12月『エモやんの10倍プロ野球 セリーグ編』
・1990年8月『日本一の名監督』(アスミック)
・1990年10月『水島新司の大甲子園』(カプコン)

・1990年10月『なんてったって!!ベースボール』(サンソフト)
 1991年2月『なんてったって!!ベースボール 子ガメセットOBオールスター編』(サンソフト)
 1991年5月『なんてったって!!ベースボール 子ガメセット'91開幕編』(サンソフト)

・1990年12月『バトルスタジアム 選抜プロ野球』(アイジーエス)
・1993年2月『バトルベースボール』(バンプレスト)


 出すぎ!!!!

 特に1989年7~12月は、半年間で14本も出ています。


 ファミコンだけで『ファミスタ』が9本、『燃えプロ』が5本、『ハリスタ』が5本、『ベストプレープロ野球』が5本出ているなど……非常にシリーズ化しやすいのも特徴です。
 当時はインターネット経由での選手データのアップデートなんてもちろんありませんから、選手データを最新のものに置き換えた新作ってだけで商品として成立してしまっていたんですね(実際には細かいバランス調整とかもされていますが)。

 『なんてったって!! ベースボール』はその辺を考慮して、選手データだけ収録した安価な子ガメセットを発売するなど『ソニック・ザ・ヘッジホッグ3』みたいなことをやっていましたが……1991年にもなると「とりあえずみんなが野球ゲームを作る時代」は終わっていたので、長くは続きませんでした。



 任天堂の『ベースボール』からナムコの『ファミスタ』まで3年間、ファミコンで野球ゲームが1本も出なかったことから分かるように……本来ならスポーツゲームって「1本買えば十分」の定番ジャンルだったと思うんですね。野球って別にルール更新とかされないので、「麻雀」とかと同じ扱い。

 それが、『ファミスタ』以後は「毎年選手データを最新のものにして発売する」のが普通になっていきます。そここそが、同じようにプロ野球選手のデータを収録していた先行作品、セガの『チャンピオンベースボール』やハドソンの『野球狂』と一線を画すところだったと思います。
 そしてそれは、「野球ゲーム」に限らず、現在に至るまでの「スポーツゲーム」全般がそうなっちゃいましたよね。『ウイイレ』は毎年出ていたし、EAは毎年NFLとかNBAのゲームを出していたし。


 ゲームシステムの部分だけを見たら『ファミスタ』が野球ゲームの基礎を発明したワケではないと思います。先行した他社作品をしっかり研究していたのは分かりますし、開発者の一人:岸本好弘さんもインタビューでこう仰っています

<以下、引用>
 こういった『ファミスタ』の要素について、「画期的でしたよね」とよく言われるんだけど、けっこう元ネタあるんだよね。他作品のいいところもかき集めていたりするんです(笑)。
</ここまで>

 しかし、そういうスポーツゲームの「文化」を変えてしまったのは紛れもなく『ファミスタ』だったんだろうと思います。




◇ オールスター性:みんなファミスタで野球選手を覚えたんだ

 さて、では何故『ファミスタ』が「毎年新作が出る」文化を生み出したのか―――
 その説明をする前に、「初代ファミスタ」に収録されているチームを紹介します。



<画像はファミリーコンピュータ用ソフト『プロ野球ファミリースタジアム』より引用>


・G(ガイアンツ)=元ネタは読売ジャイアンツ
・L(ライオネルズ)=元ネタは西武ライオンズ
・R(レールウェイズ)=元ネタは、親会社が鉄道会社の近鉄バファローズ・南海ホークス・阪急ブレーブスの3チームの選手を集めた連合チーム
・C(カーズ)=元ネタは広島東洋カープ
・T(タイタンズ)=元ネタは阪神タイガース
・F(フーズフーズ)=元ネタは、親会社が食品会社の日本ハムファイターズとロッテオリオンズの2チームの選手を集めた連合チーム
・W(ホイールズ)=元ネタは横浜大洋ホエールズ
・D(ドラサンズ)=元ネタは中日ドラゴンズ
・S(スパローズ)=元ネタはヤクルトスワローズ
・N(ナムコスターズ)=当時のナムコキャラが集まったオリジナルチーム

 西武ライオンズ以外のパ・リーグの5球団が、「レールウェイズ」と「フーズフーズ」の2チームに振り分けられていますが……それについては後程。



<画像はファミリーコンピュータ用ソフト『プロ野球ファミリースタジアム』より引用>

 選手の名前は、ほぼ実名!
 これは日本プロ野球機構に許可をとっているワケではなく、勝手にやっていたものと思われます。『さんまの名探偵』もさんまさんに許可を取っていなかったし(アレは悪いのは吉本だけど……)、この時代のナムコは無法者か??と思われるかも知れませんが……

 前項で述べたとおり、『ファミスタ』以前にもプロ野球を題材にした野球ゲームは各社から発売されていて、それらのゲームも特に許可をとらずに実名を収録していたと思われます。ハドソンの『野球狂』なんて、みんなが好きなチームをエディットできるようにプロ野球球団の選手の打率・防御率を載せたリストを同梱していましたからね。


 つまり、これが当時の「野球ゲームのスタンダード」だったんです。
 しかし、『ファミスタ』が売れ過ぎたせいで問題となり、『ファミスタ』自身も3作目の『’88』から微妙にもじった名前にしますし、他社作品ももじった名前にします。


<画像はファミコン用ソフト『プロ野球ファミリースタジアム '88年度版』より引用>

 これが実名じゃなくなった『'88』です。
 郭泰源が「かか」、原辰徳が「はり」になっていますね。

 『ファミスタ』が正式に許可を取って実名を使えるようになるのは、1992年の『スーパーファミスタ』とスーパーファミコンの時代になってからです。ファミコンでは同年末の『ファミスタ'93』から。


 他社作品で言うと、1988年7月発売の『スーパーリアルベースボール'88』(バップ)が初のNPB公認の「選手が実名で出る野球ゲーム」で……この年から『ファミスタ』がもじりの名前になるのだから、「あっ」と察するところはあります。

 『ベストプレープロ野球』は『’90』から、『燃えろ!プロ野球』は1991年の『最強編』から、『ハリキリスタジアム』は1993年にスーパーファミコンに移ってから、正式に許可をとって実名になりました。
 1990年代になると実名の野球ゲームの方がスタンダードになるので、1994年から始まる『パワプロ』は最初からずっと実名になりますね。
 




 以前、そんなにスポーツに興味がないゲーム好きの方に「どうして野球ゲームやサッカーゲームって大して内容も変わっていないのに、毎年似たようなものを出すんですか?」と聞かれたことがあります。

 スポーツ(を観るのが)大好きっこな私からすると絶対に出てこない疑問で、逆に「面白ー!」となったのですが……興味がない&遊んだことがないジャンルだと、外からはそう見えるってことはありますよね。
 音ゲーへの興味が薄い私からすると、『ビートマニア』とか『太鼓の達人』とかのシリーズに対して同じような印象ありますもの。「どうして音ゲーって大して内容も変わっていないのに、頻繁に似たようなものを出すんですか?」と。



 スポーツゲームに対する回答はシンプルなものです。
 野球ゲームやサッカーゲームは、実在の選手をゲーム内で再現した「キャラゲーだから」です。

 言ってしまえば『スマッシュブラザーズ』なんです。
 『スマブラ』もゲームシステム自体はNINTENDO64の頃から変わっていないのに、「今回はSplatoonのイカちゃんが出ているから買おう」とか「DLCでホムラ&ヒカリが出ているから買おう」と新キャラ目当てに買うじゃないですか。

 同じように『ファミスタ』や『ウイイレ』も、「最新の選手」「最新のデータ」をゲームで遊びたいから買われたんです。



 何故なら、このゲームには「キャラの性能差」があるからです。
 ただ選手の名前が記載されているとか、打率とか防御率のデータが載っているとかではなくて、触ってて明確に「選手の特徴」が分かるんですね。



<画像はファミリーコンピュータ用ソフト『プロ野球ファミリースタジアム』より引用>

 分かりやすいのはマスクデータになっている「走力」です。
 同じ二塁打を打った時でも、バットにボールが当たってから2塁に到達するまでの時間を別の選手で比較してみたところ……「きよはら」が「7.71秒」だったのに対して、「つじ」は「6.66秒」でした。

 これは、実際の清原和博選手が「脚は遅いがボールを遠くまで打てる4番バッタータイプ」だったのに対して、辻発彦選手が「俊足巧打の1番バッタータイプ」だったのをゲーム内で再現しているからなんですね(この年の辻さんは1番ではないけど……)。



 こんなカンジに、全野手には「打率」「ホームラン数」、マスクデータで「走力」が設定されていて。
 全投手には「防御率」と、マスクデータになっている「体力」「球速」とそれぞれの方向ごとに「変化球の曲がりやすさ」が設定されています。

 『ファミスタ』は触ってて明確に「キャラ性能差」が分かります。
 例えば、『ファミスタ』を実際には遊んだことがない人でも「ナムコスターズのピノは脚が速い」のは聞いたことがあるんじゃないかと思います。『ファイアーエムブレム』を象徴するキャラがジェイガンなのと同様に、それはすなわち「ファミスタのキャラ性能差は強烈に印象に残った」ことの証拠じゃないでしょうか。


 これは、セガの『チャンピオンベースボール』等、先行したアクション系の野球ゲームではやっていなかったことと思われます
 『チャンピオンベースボール』の感想を読んでも「データがキャラ性能に反映されているのかは分からなかった」「選手交代は気分を上げるために行っていた」と書いている人が多いですし、正直それも仕方なかったと思うんですね。

 『チャンピオンベースボール』に表示される「選手名」「打率」「防御率」などは、新聞を買えば載っていることですが……「走力」や「変化球の曲がりやすさ」などは、実際に試合を観なければ分からないことです。
 しかし、当時はインターネット中継はもちろんCS放送もありませんし、BS放送ですらようやく試験放送が始まるか始まらないかみたいな時代です。巨人戦以外の野球中継を自宅で観る方法なんてなかったんですね。



 一方の『ファミスタ』の開発スタッフは、足しげくパリーグの試合を観に現地に通っていたという話が、先ほどチラッと紹介したこちらのインタビュー記事に掲載されていました。


バンダイナムコ知新「第5回 国民的野球ゲーム『ファミリースタジアム』シリーズのこれまでと未来」岸本好弘氏、森口拓真氏インタビュー

<以下、引用>
――『ファミスタ』の構想を練ったのは川崎球場(※ 1986年当時はロッテの本拠地)で、岸本さんはかなり通われたと聞きました。

岸本「当時のナムコの本社が矢口だから、近かったんだよね。『ファミスタ』制作で野球場を研究しに行かねばと調べたら、「川崎球場ってあるんだ?」と(笑)。
 川崎球場は、そのとき女房と初めて観に行ったんだけど、立派な競輪場の隣にボロボロの球場があって。「こんなところでプロ野球をやってるわけないじゃん」って女房は言っていたんですが、入ったら2チームが試合をやっていた。
 でもガラガラだから、観客は席を好きに移動できる。ぐるぐる回って3塁側に行ったときに、本物の落合博満選手がいて驚きました(笑)。川崎球場って観客席と選手がすごく近いんです。ファールエリアがとても狭いんで」

――お客さんがいなくて客席を自由に移動できたのが、研究に役立ったのですね。

岸本「いろんな角度で見て、ゲームの視点はどこがいいんだろうと研究しましたね。バックネット裏も、ちょっと追加料金払うと座れたんで。やっぱり横から見るのではなく、バックネット裏から見るのがベストだという結論に達しました。
 バックネット裏の一番上からの見下ろし画面が、ピッチャーとバッターの駆け引きとか、守備の動きとか、走塁とかが一番表現しやすいと。ファミコンの性能を考えると、視点がぐるぐる回るとか、逆の角度から見せるのも大変だったしね」

<中略>


――各球団選手の最終的なパラメーターは、当時岸本さんが全部お1人で……?

岸本「そうです。パ・リーグのデータを作るのが大変なんです。テレビで放映しないので。それも川崎球場にたくさん通った理由の1つかもしれない。
 パラメーターで一番大変だったのは、ピッチャーの変化球のキレ。スピードガンが球場につき始めたころで、スピードはわかるんだけど、カーブ・シュート・フォークのキレは、野球場でしっかり見ないとわからなかった」

――途中からついた
(※初代にはありません)、肩の強さの能力も……。

岸本「それも調べるのが大変だったね。外野からの返球って、練習のときは結構見るんですが、試合ではあまりない。だから、練習の時間帯から観に行って、外野からの返球を双眼鏡で覗きながら、「14番の選手、強い」とかチェックしていた」
</ここまで>
※ 改行や強調・注釈など、一部引用者が手を加えました


 この辺は、単に「野球が人気だから野球ゲーム作ったら売れるぜ」ではない、プロ野球への愛を感じられて好きなエピソードです、


 さて、ここで「西武ライオンズ以外のパ・リーグの5球団が、「レールウェイズ」と「フーズフーズ」の2チームに振り分けられていた」件について書いておきます。
 実際のその5球団のファンは不服だったろうし、現在でも「ゲームカタログ」には「問題点」と書かれているのですが……これは、明確な意図があってそうしていたと先のインタビューでも語られています。


<以下、引用>
――改めて岸本さんにお尋ねします。1986年に『ファミスタ』が誕生して34年経ちますけど、岸本さんにとって、『ファミスタ』とはどんな存在ですか?

岸本「「プロ野球への愛」じゃないかな。
 初期の『ファミスタ』のジャパンリーグでパ・リーグモデルのチームが連合になっているのって、「容量が足りなかったの?」って言われるけど、実はそうではない。選手データの大きさなんてたかが知れていますからね。
 パ・リーグがマイナーだったから、選手たちを知ってほしいという思いがあった。だけど、パ・リーグのチームを単体で入れてもあまり強くなかったし、知名度も低かったし、みんなセ・リーグの強いチームを使ってしまう。そこで、連合にして強いチームにしたら使ってくれるだろうと。

森口「なるほど……」

岸本「そうすると、選手名も覚えるしね。そして、プロ野球を知らない人が、テレビや球場で選手を見たときに、「ああ、あの選手ってホントにいるんだ」と思ってもらうのが狙いだった。アンケートハガキで、実際にそういうコメントをいただきましたしね。そこで選手を好きになって実際に応援してもらえるようになるとさらにいいなぁと」

――決してチーム数を省略したわけではなく、あえて1つのチームに凝縮することによってインパクトを押し出したわけですね。

岸本「そうそう。使ってもらえるように仕向けたというね。ゲームが売れるのも大事だけど、それによってプロ野球も盛り上がってほしかった。
 パ・リーグにもすごい選手がいっぱいいたのにテレビにも映らないから、もっと注目してほしいし、野球場に観に行ってほしいという思いもあった。だから「プロ野球への愛」だと思いますね。パ・リーグの中継なんてまったくなかったからね」
</ここまで>
※ 改行や強調など、一部引用者が手を加えました


 パ・リーグの人気がなかったから「冷遇」していたのではなく。
 パ・リーグを盛り上げたくて「優遇」するための連合チームだった―――


 これ、すごくよく分かる話で……
 例えば、ゲームが大好きな人でも『スマブラ』に出ているキャラ全員知っているワケじゃないし、ロボットアニメが大好きな人でも『スパロボ』に出ているロボ全部知っているワケじゃないじゃないですか。

 オールスター系のゲームって、「知っている作品」目当てに買った人が「知らない作品」に出会う場所だと思うんですね。
 実際、『スマブラ』で初めてサムスを知った人が『メトロイド ドレッド』を買った―――みたいな話もありましたし、「入口」になれるのがオールスター系のゲームだと思うんです。



 『ファミスタ』も、巨人とか阪神しか知らなかった当時のキッズ達に「パ・リーグの選手」を教えて、知ってもらう効果があったと思われます。そして、実際の野球選手としては観たことがなくても、ゲームからファンになるケースもたくさんあったでしょう。
 かく言う私も、清原とか秋山以外の西武ライオンズの選手って『ファミスタ』で覚えたような気がします。そう言えば、兄貴に『ファミスタ』の対戦をさせられた時「オマエは下手だから強い西武を使ってイイよ」と言われ、いつも「私の西武」対「兄貴の中日」で対戦をしていたのですが……

 ひょっとして、私が西武ライオンズファンになったのって『ファミスタ』が理由なのか??



 ちなみに。
 敢えてここまで名前を出さなかったんですけど……選手一人一人の「キャラ性能差」をゲームに落とし込んだのは、『ベストナインプロ野球』(1984年)等のシミュレーション系の方が先だと思います。
 この『ベストナインプロ野球』もパ・リーグのデータを集めるのが大変だったのか、初代はセ・リーグ6球団のみの収録で、翌年にパ・リーグも収録した『新・ベストナインプロ野球』を発売します。

 そして、選手データを最新のものにアップデートする追加ディスクも1986年と1987年に出していたそうです(それ以降は、恐らくファミコンの『ベストプレープロ野球』に移行したため出なくなった)


 『ファミスタ』の開発スタッフが『ベストナインプロ野球』の存在を知っていたかは分かりませんが、結果的に「アクション系の野球ゲーム」と「シミュレーション系の野球ゲーム」のいいとこどりをしたのが『ファミスタ』だったと言えますね。




◇ 革新性:禁断の「キャラ性能差」によって、用兵の概念が生まれる

 さてさて、野球ゲームに「実在のプロ野球選手」のデータを入れたところで、プロ野球に興味ない人は「別に好きな選手なんていないし、自分には関係ないな」としか思われないかも知れません。
 実際、ネット上で『ファミスタ』のレビューを読むと、「任天堂のベースボールに、実在プロ野球選手のデータを被せただけで売れたアイディア商品」みたいに書かれていることが多いです。


 これだから、インターネットは当てにならねえ……!!


 「キャラ性能差」を入れたことで、野球ゲームがガラッと変わった……
 というか、「対戦ゲーム」の歴史が変わったくらいのターニングポイントなんですよ!




 まず、そもそも黎明期の「対戦ゲーム」には「キャラ性能差」は、あってはならないものでした1Pと2Pで選んだキャラの強さがちがったら、負けたのは「性能差のせい」に出来てしまいますからね。
 なので、任天堂の『ベースボール』もユニフォームがちがうだけで同じ能力だったし、恐らくはセガの『チャンピオンベースボール』も(打率とかは表示されるけどそれは表示だけで)そうだったんじゃないかと思われます。

 そこから時代が変わるのが1980年代中盤辺り。
 これがオリジンなのかはちょっと自信がありませんが、1985年11月にバンダイから発売された『キン肉マン マッスルタッグマッチ』が対戦ゲームに「キャラの個性」を持ちこんでいました。キャラクターの性能に差があるけど、それは「原作再現」だからOKだよねとした結果、キャラクターごとにちがう立ち回りが求められるゲームとなり……その遊び方は、後の「対戦格闘ゲーム」の礎になったと思われます。

 『ファミスタ』が生まれたのは、その1年後の1986年12月です。
 プロ野球は明確に「順位」が出ますから、西武がヤクルトより強くても誰も文句を言わない―――「キャラ性能差」を持ち込みやすいジャンルだったんですね。




<画像はファミリーコンピュータ用ソフト『プロ野球ファミリースタジアム』より引用>

 そして、もう一つ。
 同じ西武ライオンズの選手でも「きよはら」と「つじ」では能力がちがう―――と前項で書いたように、チーム内の選手間同士にも「キャラ性能差」があるためどの選手をどう起用するのかという「采配」の要素が生まれたのです。

 とは言え、初代『ファミスタ』では打順の入れ替えはできません。
 プレイヤーが出来るのは「先発投手を4人の中から選ぶ」のと、「投手の交代のタイミング」「代打を出すタイミング」を決めることくらいなのですが……これが絶妙に悩ませるようになっているのです。





<画像はファミリーコンピュータ用ソフト『プロ野球ファミリースタジアム』より引用>

 セガの『チャンピオンベースボール』は「選手交代」はしてもしなくても構わないオマケみたいな要素だったそうなのですが、『ファミスタ』は「選手交代」なしでは9イニング戦える気がしません!

 というのも、投手のスタミナがあっという間に切れる!
 各チームには「先発投手が2人」「中継ぎ投手が2人」いるのですが、先発タイプは3イニング投げ切ったらもう球速が出なくなるし、中継ぎタイプは1イニング投げたらもうバテてしまいます。投げる球種にもよるんだろうけど、こんなにバテるの早かったっけ……

 野球は基本9イニングですから。
 先発3イニング×2人+中継ぎ1イニング×2人=8イニングと、絶妙に9イニングに足りません。

 なので、どこか1イニングは「スタミナが切れた投手で騙し騙し抑える」必要があるのだけど……何も考えずにスタートの先発投手に4イニング投げさせようとすると、スタミナが尽きてヘボイ球しか投げられないイニングに相手の「1番からの上位打線」を迎えるハメになります。

 「相手の打順」と「こちらのスタミナ」を考えて、投手交代のタイミングを考える必要があるんですね。



<画像はファミリーコンピュータ用ソフト『プロ野球ファミリースタジアム』より引用>

 また、このゲームには「DH制」のシステムがないため、9番バッターには投手が立ちます。(恐らく)投手が打席に立ったときの能力は一律で最低値になると思われるので……本来なら代打を出したいのだけど。

 先に書いた「投手交代」のタイミングとの兼ね合いで、「ここで投手に代打を出すと9イニング投げる投手がいなくなってしまう」自体になりかねません。ここもむちゃくちゃ悩みどころ。


 こうして考えさせられる仕様は「キャラの性能差」があるからこそです。
 9番バッターの「投手」と、4番バッターの「きよはら」が同じ能力だったら、代打を出す必要もないし。相手の打線に「上位打線」「下位打線」の区別がないのなら、投手交代のタイミングも悩む必要がないですからね。



 『ファミスタ』のことを「任天堂のベースボールに、実在プロ野球選手のデータを被せただけで売れたアイディア商品」とか言っているヤツは、ゲームのことが何も分かっていない!! 
 キャラ性能の差があったからこそ「選手交代」なんかの采配の要素が生まれたし、それを狙って恐らく「敢えて投手のスタミナを少なく設定している」んです。じゃなかったら、先発投手が9イニング完封するだけのゲームになりかねませんからね(そっちの方が現実のプロ野球に近い)。


 そして、『ファミスタ』以後のスポーツゲーム(チームスポーツのもの)は、単純なアクションゲームではなく「選手交代」などを考えさせる戦術のゲームになっていきます。
 『ウイニングイレブン』などのサッカーゲームもそうですし、なんなら『ダウンタウン熱血行進曲』のようなゲームですらそうです。

 画面だけを見たら『ファミスタ』が生み出したものは何もないように見えるかも知れませんが、間違いなく「ファミスタ以前」と「ファミスタ以後」ではスポーツゲームは大きく変わりました。それだけのターニングポイントになったゲームだったんですね。




<画像はスーパーファミコン用ソフト『Jリーグサッカー プライムゴール』より引用>

 なのに……!
 なのに、どうして……そのナムコから出たサッカーゲーム『プライムゴール』(1993年)が、「選手交代」ができない、選手もフォーメーションも固定の手抜きゲーになってしまったんだ……

 スーファミ時代のナムコが、如何に「任天堂機はテキトーに金を稼ぐためのゲームしか出さない」時代だったのかを考えてしまう……




◇ 総括

<画像はファミリーコンピュータ用ソフト『プロ野球ファミリースタジアム』より引用>

 それまであった野球ゲームの魅力をしっかり研究してまとめあげ、更にこのゲームにしかない独自要素を加えたことで「スポーツゲームのあり方を変えた」歴史的傑作だと思います。


 その後、ナムコは任天堂と険悪な仲になっていく中で、任天堂機には「とりあえずファミスタとワギャンランドの続編だけ出しとくか」みたいな時期が来るので……その頃の「とりあえず出した」手抜き作品で『ファミスタ』への信頼と期待が急降下、1994年発売のコナミの『実況パワフルプロ野球』に野球ファンを持っていかれるのですが、それはまた別の話。

 あの頃のナムコが任天堂と不仲にならなかったらゲームの歴史はどうなっていたのかと思わなくもない……

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