
<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
・作家性:「RPGが絶対的キラータイトルだった時代」に対抗したRPGのアンチテーゼ
・革新性:「街」をまるごと作った実質「街シミュレーター」
・シリーズ性:全11章の予定だった壮大すぎるストーリーの、遊べるのはプロローグだけ
・総括
『シェンムー 一章 横須賀』
・開発/発売:セガ・エンタープライゼス
ドリームキャスト用ソフト:1999年12月29日発売
・開発/発売:セガ・エンタープライゼス
ドリームキャスト用ソフト:1999年12月29日発売
―シェンムーI&II―
プレイステーション4用ソフト:2018年11月22日発売 ※続編とのカップリング移植
・アドベンチャーゲーム+要所要所でアクション要素の強いミニゲーム
・セーブスロット3つ(ビジュアルメモリごとに)
私がエンディング到達にかかった時間は約23時間でした
※ネタバレ防止のため、読みたい人だけ反転させて読んでください
※ PVは続編とセット移植のプレイステーション4版のものです
※ PVは続編とセット移植のプレイステーション4版のものです
【苦手な人もいそうなNG項目の有無】
※ 苦手な人もいそうなNG項目があるかないかを、リスト化しています。ネタバレ防止のため、それぞれ気になるところを読みたい人だけ反転させて読んでください。
※ 記号は「◎」が一番「その要素がある」で、「○」「△」と続いて、「×」が「その要素はない」です。
・シリアス展開:○(親父が死んで始まる話だけど、そこ以外は悲壮感薄い)
・恥をかく&嘲笑シーン:×
・寝取られ:×
・極端な男性蔑視・女性蔑視:×(ヒロインも実は超強いという隠し要素があるらしい)
・白人酋長もの:×
・動物が死ぬ:×(猫も助けるよ)
・人体欠損などのグロ描写:×
・人が食われるグロ描写:×
・グロ表現としての虫:×
・百合要素:×
・BL要素:×
・男女の恋愛:○(恋愛要素はあるけど、涼さんはそれどころじゃない)
・ラッキースケベ:×
・セックスシーン:×
◇ 作家性:「RPGが絶対的キラータイトルだった時代」に対抗したRPGのアンチテーゼ
このゲームは元々1999年の年末にセガが発売したドリームキャスト用のゲームです。
「70億円かけて作られた大作」というイメージからすると意外なんですが、ドリームキャスト本体が発売されてから1年ちょっとで発売されたゲームなんですね。開発が長期化してなかなかリリースされないスマホゲー等を山ほど見てきた現代の感覚だと、ゲームハード序盤にコレを出せているのすごいなぁと思います。
ちなみに、この「製作費70億円」は自称です。
普通はゲームの製作費なんて表に出ないものですが、当時のTVCMで大々的に「ゲーム史上空前の製作費70億(当社歴代作品比)」と表示して大作アピールをしていたんですね。
ドリームキャストは宣伝プロデューサーに秋元康氏を起用して、「セガは倒れたままなのか」「セガなんてだっせーよな!」といったインパクトの強い広告&TVCMを展開していたので、その一環だったんじゃないかと思われます。
というのも……当時のセガは、『バーチャファイター』などのアーケードゲームだったり、『ソニック』に代表されるアクションゲームだったりのイメージが強く……
短い時間遊ぶ分には楽しいけれど、例えば『ファイナルファンタジー』に代表されるRPGを擁したプレイステーション陣営のような何十時間も遊べる大作ゲームがないイメージだったんですね(しいて言うなら『サクラ大戦』シリーズなんだろうけど、アレはアレで美少女ゲーのイメージが強くて人を選んだし)。
大作RPGが集まるプレイステーションへの対抗策に苦労したのは、任天堂陣営もいっしょで……
この前年の1998年に発売された『ゼルダの伝説 時のオカリナ』のTVCMも「暗い部屋で大人が一人で遊んでいる」映像で、「大人向けの大作」感を出していましたものね。パッケージにも「アクションRPG」と書かれていたし(『ゼルダ』シリーズは大体「アクションアドベンチャー」とされることがほとんどだが、『時のオカリナ』はアクションRPGと書かれていた)。
そのNINTENDO64は、前作はチュンソフトから発売された『風来のシレン2』(2000年)を任天堂から発売して。
ドリームキャストは、前作はゲームアーツから発売された『グランディアII』(2000年)をセガから発売した―――なんてこともありました。
要は任天堂もセガも「自社には強力なRPGのIPがない」ため、中小の実績あるRPGの続編をパブリッシングすることで、「ウチにもRPGありますよ!」とラインナップに加えたんだと思います(※1)。
(※1:任天堂の『MOTHER3』は開発が難航していて、セガの『ファンタシースター』はオンラインゲームになっちゃったというのもある)
そのくらい、1990年代後半は『ファイナルファンタジー』に代表される大作RPGが集まったプレイステーション陣営が席巻していた時代だったんです。
そのため、この『シェンムー 一章 横須賀』―――
当時のTVCMでは「製作費70億円」よりも、むしろ「RPGが変わる」の方をキャッチコピーにして繰り返し取り上げていました。
そうなんです。
このゲーム……「(当時市場を席巻していた)RPGへのアンチテーゼ」作品なんです。
さて、『シェンムー』シリーズのディレクター鈴木裕さんについて説明しましょう。
鈴木裕さんは1983年にセガに入社、1985年『ハングオン』、『スペースハリアー』、1986年『アウトラン』、1987年『アフターバーナー』等のゲームデザインを手がけた人です。セガのアーケードゲームの大ヒット作、とりわけ「バイクやコックピットを模した大型筐体による体感ゲーム」を多く手掛けていました。『ハングオン』は世界初の体感ゲームとセガ自身が言っていますね。
1992年には3Dポリゴンを用いたレースゲーム『バーチャレーシング』を手がけ(※2)、1993年には世界初の3D格闘ゲーム『バーチャファイター』を手がけて大ヒットさせます。
(※2:3Dポリゴンのレースゲームは『バーチャレーシング』が世界初ではなく、1989年にナムコが『ウイニングラン』を出してます。1991年には『ソルバルウ』も出しているし、この時期の3Dポリゴンゲーはナムコが先行していたんですね)
『バーチャファイター』以前の3Dポリゴン技術は、レースゲームやシューティングゲームなど「無機物を扱ったジャンルのゲーム」には向いているけど……というカンジだったと思いますが、『バーチャファイター』は3Dポリゴンで人間が動く!しかも、格闘する!のが衝撃だったんですね(『バーチャレーシング』のピットインのシーンに出てくる人間が『バーチャファイター』につながっているらしい)。

<画像はセガサターン版『バーチャファイター』より引用>
こうして手がけた作品を見ていくと分かるように、鈴木裕さんのゲーム作品は「リアルな体感」「ウソのない動き」を題材にすることが多いように思えます。
『バーチャレーシング』なんかは特に、「ゲームが上手い人が勝つのではなく、本当の運転技術が高い人が勝つ」レースゲームを目指していたみたいですしね。レースゲーム、シューティングゲーム、格闘ゲーム……既存のゲームジャンルが「ゲームだから」と誤魔化していたウソを、しっかり現実にシミュレートするように作り直している作家性というか。
逆「桜井政博」というか……
桜井政博さんは「既存のゲームジャンル」の「ゲーム性」の部分が分かりやすくなるように分解・再構築する人なのに対して。鈴木裕さんは「既存のゲームジャンル」の「リアル性」の部分を忠実に再現しようとする人というか。
ということで、『バーチャファイター』で「格闘ゲーム」にリアリティを持ちこんだその次のターゲットがRPGで、RPGにリアリティを持ち込もうとしたことが―――最終的に『シェンムー』につながる企画になるんですね。
[GDC 2014]いかにして「バーチャファイターRPG」は「シェンムー」になっていったのか。鈴木 裕氏が語る「シェンムー」開発秘話
ここからは4Gamer.netに掲載された、2014年のGDCの講演を中心に見ていきましょう。
<以下、引用>
新作のジャンルを「RPG」に決めたはいいが,鈴木氏個人は1980年代のアドベンチャーゲームを遊んだ経験しかなく,そのため,まずは1990年代のRPGのリサーチを始めたそうだ。 しかし,調べてみると,キャラクターが壁にスタックしても歩くモーションを止めなかったり,NPCの方向を向かないと会話ができなかったりと,すぐに不満や疑問が出てきたという。
『シェンムー3』発売記念インタビュー。鈴木裕が語る『シェンムー』という旅路
鈴木
</ここまで>
※ 改行や強調など、一部引用者が手を加えました
年代を考えると、これは大体1994年あたり。
スーパーファミコンで『FF6』や『MOTHER2』が出たくらいの時期ですね。
RPGの分解・再構築でそこに注目することあるんだ……と思いますが、実際に出来た『シェンムー』を見ると確かに「RPGの不自然なところを取っ払っている」作品ではあるんですね。詳しくは後述します。
1995年にはセガサターン用で想定した基礎研究を行っていて、この技術研究用のプロトタイプは『桃のじいさん』と呼ばれていたそうです。まだ任天堂から『マリオ64』が出る前の年ですが、フル3Dで世界を描写して、そこでキャラクターをコントロールして、カメラを動かして……という実験に手応えを感じていたみたいです。
そして、1996年『バーチャファイターRPG』として企画が立ち上がります。
ここからの話は『シェンムーIII』発売時のファミ通のインタビューが分かりやすいですね。
<以下、引用>
――『シェンムー』はドリームキャスト以前、セガサターンの時代から開発を進めていたんですよね。鈴木
「そう。最初に、“桃のじいさん”という技術研究用のプロトタイプを作って、「これはいけそうかもしれない」と手応えを感じました。
だけど、新規のRPGをいちから作るというのは、たいへんなことなんです。その世界やキャラクターを理解してもらって、好きになってもらわないといけないわけだから。そこで、既存のIP(知的財産)である『バーチャファイター』をRPGにして『バーチャファイターRPG』というものなら、主人公のアキラやパイなどのキャラクターをある程度もうみんなにわかってもらっているわけだから、いいんじゃないかと。」
――もともとある『バーチャファイター』の世界で、RPGにしてみようと。
鈴木
――もともとある『バーチャファイター』の世界で、RPGにしてみようと。
鈴木
「そこで開発を進めていったわけですが、『シェンムー』のストーリーが中国になったのは、それが下地にあるからなんです。つまり、アキラが八極拳の使い手だから。
『バーチャファイター』のエンジンやキャラクター、技といった資産を使えば、ラウもいるし、酔拳なんて使う人もいるし、キャラクターそれぞれに技が140個ずつくらいあって、舞台を中国にして、これを活かすことでローンチコストを下げられるぞ……という目論見があったんです。だから開発当初の物語は、いわば“プレ・バーチャファイター”。若いアキラが日本から中国に渡り、さまざまな経験を経て、立派な八極拳の使い手になるという。」
</ここまで>
※ 改行や強調など、一部引用者が手を加えました
当時の『バーチャファイター』は(少なくとも日本では)セガ最強のIPだったので知名度は抜群でしたし、原作の素材を活かせばコストを抑えられるという発想もしごく真っ当なものだと思います。
格闘ゲームはキャラは分かるけどストーリーとか設定とかはまるで分からないことが多いので、そのIPをRPGにすることによって本流の格闘ゲームにもプラスになるという考え方も理にかなっていたと思います(この翌年の1997年にはSNKが『サムライスピリッツ』のRPGを出している)。
この『バーチャファイターRPG』の時点で、「1対多数のバトル」や「フルボイス」、「映画的な演出」を採り入れようとしていたみたいです。これらは全部『シェンムー』にちゃんと引き継がれていますね。
そして、恐らくはこの頃に「全11章」のシナリオが完成しています。
他業界の人達とシナリオチームを作って合宿をしたり、この時点で「全11章」のストーリーを固めるためにそれぞれの章のイメージ画を作ったりしたみたいです。
先に紹介した4Gamerの記事でも確認できますが、1章のコンセプトアートは思った以上に完成した『シェンムー 一章』のまんまですね。陳貴章っぽい人や、陳大人っぽい人もちゃんと描かれています。
この時点での主人公はまだ、芭月涼ではなく結城昌(アキラ)だったのですが……「どうしてシェンムーの舞台が1986年なのか」は、恐らくアキラの年齢設定からじゃないかと思われます。
1993年に『バーチャファイター』初代が稼働して、このゲームでのアキラの年齢は25歳でした。この『バーチャファイター』のエピソードゼロ的なストーリーにするためには、それ以前の時代設定にする必要があったので……アキラが18歳だった1986年を舞台にしているんじゃないかと思われます。
しかし、この『バーチャファイターRPG』は『シェンムー』へと変わります。
1997年にはセガサターン用ソフトから次世代機(ドリームキャスト)用ソフトへと変更され、次世代機用のキラーソフトにするためには新規IPにした方がイイだろうと、1998年には『シェンムー 一章 横須賀』にタイトルも変更されました。
セガサターン用の『バーチャファイターRPG』がどの程度完成していたのかは分かりませんが、「製作費70億円」というのも「ハードを変更したせいで作り直しになったから」じゃないのって思いますね……
1998年11月に次世代ゲーム機ドリームキャストが発売され、
1999年12月には、晴れて『シェンムー 一章 横須賀』が発売されることとなります。
ようやくこの『シェンムー 一章 横須賀』の話ができます!
それでは鈴木裕さんが「既存のRPGに抱いた違和感・疑問」を取っ払って、「RPGが変わる」というキャッチコピーで発売されたこのゲームがどんなゲームになったかというと……

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
一本道のストーリーを追う「アドベンチャーゲーム」になりました。
なんでやねん!!!
つまりですね……「RPGの不自然なところ」を省いていくと、アドベンチャーゲームになるって話なんですよ……
・RPGの特徴と言えば、無限に湧いてくるザコ敵との戦闘!
→ 「それはリアリティがないだろ!」と、『シェンムー』の戦闘はイベントバトルのみになりました
・RPGの特徴と言えば、敵を倒して経験値をもらってレベルアップ!
→ 「それはリアリティがないだろ!」と、『シェンムー』は技ごとに熟練度が設定されていて、イベントバトルや公園などの練習で使った技の熟練度が上がっていくそう
・RPGの特徴と言えば、敵を倒してお金稼ぎだ!
→ 「それはリアリティがないだろ!」と、『シェンムー』は(基本的に)毎日500円のお小遣いをもらうことでしかお金を稼げません
・RPGの特徴と言えば、たくさんの装備でカスタマイズするところだ!
→ 涼さんは武器なんて使わないよ
・RPGの特徴と言えば、薬草などのアイテムを駆使するところだ!
→ 「そんなもの食って即回復なんてするワケないだろ!」と、『シェンムー』には戦闘に役立つアイテムがなく、ライフは戦闘中に逃げ回ることで自動回復します
要は、RPGから「ザコ戦」「レベルアップシステム」「お金を使ってアイテムを買って戦闘を有利にする要素」を廃した結果―――フィールドを歩き回ってストーリーを進めるだけのアドベンチャーゲームになったという。
元々アドベンチャーゲームを作っていた堀井雄二さんが、そこに「ザコ戦」「レベルアップシステム」「お金を使ってアイテムを買って戦闘を有利にする要素」を足して『ドラゴンクエスト』を生み出したヤツの逆ー!
ここまで見事な「車輪の再発明」ある???
しかし、これは物語のプロローグで終わってしまう『一章』だからであって、『シェンムーII』になると「しっかりと格闘ゲームとRPGが融合している」という評価になるみたいです。これは、ちゃんと『II』もプレイしなくちゃいけなくなったな……
もちろん、アドベンチャーゲームが悪いというワケではありません。
私はむしろアドベンチャーゲーム大好きなので楽しみましたが、プレステ陣営の『ファイナルファンタジー』などに対抗するために「RPGは変わる」と大々的に謳って出てきたのがアドベンチャーゲームなのが「お……おぅ……」って反応になっちゃうよね……という話ね。
アドベンチャーゲームのパートはアクション要素が薄いので、アクションゲームが苦手な人でも問題なく遊べると思いますが……シチュエーションに合わせて様々なミニゲームが挿入されます。これは『シェンムー』が打倒するべき『ファイナルファンタジーVII』(1997年)などでもそうだったので、当時のトレンドでもありますね。

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
ゲーム中で何度も行うことになるのが、『バーチャファイター』風の操作で「1対多数」の戦いをする格闘ゲームパート。
私はこれが本当に苦手で、どういうことだったのか未だに分かっていないのですが「防御ボタンを押しても防御してくれない」ため、ひたすら逃げまくって体力を回復させながらリーチの長い攻撃でチマチマ削りながらクリアしました……

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
バイクで「制限時間内にゴールまで向かう」レースゲームのパートもあります。
涼さんの体が縦に長いので、前のコースがよく見えなくてムズイ……深夜なので、涼さん以外の車が存在しない違和感はありますが、市街地をバイクでかっ飛ばす爽快感はあります。もうちょっと制限時間に余裕があればなぁ。

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
『シェンムー』と言えば……で有名なのが、フォークリフトでのバイトパートです。
フォークリフトを使って倉庫内の荷物を移動させて、その荷物の数でお金を稼ぐことができます。序盤でチマチマおこづかいもらってたの何だったのという額が稼げるのだけど、この頃にはもうあまりお金使っている時間もなくなるからなぁ。

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
そのフォークリフトの操作に慣れさせるためか、バイトを始めると毎朝「フォークリフトでのレース」をやらされます。クリア必須ではなく、順位に応じてコレクションアイテムがもらえるだけの要素です(スキップ出来ないのが面倒)。

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
私が大嫌いなステルスゲームのパートもあるぞ! うぉおおおお!絶対許さねえ!
ステルスゲーと言えばコナミの『メタルギア』(1987年~)から始まったと思う人もいるかも知れませんが、実は「世界初のステルス要素のあるゲーム」としてギネスに登録されているのはセガの『005』(1981年)というゲームです(商業作品としては)。
そこからもセガは『クラックダウン』(1989年)や『ボナンザブラザーズ』(1990年)などの「敵を倒すよりも隠れることが重要なゲーム」を出しているので、ステルスゲーでもセガが10年早かったのかも知れないですね。
しかし、この『シェンムー』のステルスパート……深夜なのでマップが見づらいし、レーダーもないし、警備員に見つかったら即アウトで、強制的に1日が進んでしまいます。
ここで何日も詰まっていると救済措置として地図をくれたりするので、マリオとかで「何度も死んでいるとお助けブロックが出る」ヤツの走りかもしれませんね。ここでもセガは10年早かった! こんなところが早くても!

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
私が大嫌いなQTEも頻繁にやってくるぞ! うぉおおおお!絶対許さねえ!
QTEという言葉はありませんでしたが、QTEのように「映像に合わせてボタンを押す」要素のあるゲームは『ドラゴンズレア』(1983年)などのレーザーディスクのゲームが「仕方なく」そうしていました。
1990年代中盤になると、『Dの食卓』(1995年)や『ダイナマイト刑事』(1996年)など「QTEの原型になっている操作」を採り入れたゲームが出てきて……そして、この『シェンムー』(1999年)で「クイック・タイマー・イベント(QTE)」という名前が付けられました。
映画的なムービーシーンにプレイヤーが介入して、展開が分岐するというこの要素……
私はコレが大嫌いなんで「ふざけんな!」と思いながらプレイしましたが、Xboxコントローラに慣れた今はまだマシなんですよ。ドリキャス現役時代は、「スーファミとボタン配置が逆!」と大苦戦した記憶があります。
ゲーム作っている人は「このゲームを遊んでいる人はこのハードだけ毎日遊んでいるに違いないぞ」って思ってQTEを入れてくるんでしょうが、ゲーマーは色んな機種を毎日とっかえひっかえ遊んでいるんですよ……! とっさにXボタンを押せと言われても、俺が今日遊んでいるのはスーファミか?セガサターンか?プレステか? ドリキャスか? ゲームキューブか??を判断しなくちゃなんねえんですよ!
ということで……ストーリー進行に合わせてたくさんミニゲームを遊ばされるこのゲームですが、「アクションゲームが苦手な人にも遊んでもらいたい」という割に、アクション要素のミニゲームが多くてどれも難しいんですよ。
一応ミニゲームやQTEを失敗したからといって即ゲームオーバー→ セーブしたところからやり直しなんてことはなく、ミニゲームやQTEの直前のムービーから始まるのが温情なのかもしれませんし……
クリア後にネットでレビューとかを読み漁ると、「同じところで何度もやり直していると難易度が下がっていく」と書かれていました。「マジかい」と思って試しにラスボス戦をわざと負けまくってみたところ、どうも涼さんの「守備力が上がっている」のか「自動回復のスピードが速くなっている」っぽくて、4連敗したら敵の攻撃でまったくライフが減らなくなりました。
ということは、何かい?
私が何度も何度も何度もコンティニューしてやり直してクリアした場面、「私が上手くなった」んじゃなくて「私でもクリアできるように難易度を下げてもらった」からクリアできただけだったんかい……?
「クリアできないよりはマシ」なんですが、こういう「何度もコンティニューすると難易度を下げられる」ゲームもあまり好きじゃないんですよねぇ……テンポがむちゃくちゃ悪くなるので。『シェンムー』の場合ムービースキップもできないから、同じムービーを何度も見させられるし。
ということで、私としては……「アドベンチャーパートはすごく楽しかった」けど、「アクション要素の強いミニゲーム(QTE含む)は難しくて苦虫を噛み潰したように遊びました」です。
これは私の持論なんですが、本編とはちがうミニゲームをクリア必須にしたいなら、難易度は「そのジャンルを一度も遊んだことがない人」に向けてチューニングするべきだと思うんですよ。
例えば私はステルスゲームが嫌いだから、自分から率先してステルスゲームなんて買わないし(知らないで買ったらステルスゲームだったことは何本かありますが……)、ステルスゲームの定石が何も分かっていません。そんな私でも『シェンムー』をプレイしたら、ステルスゲームのパートをクリアしなくちゃいけないんですよ。同じことはレースゲームとかシューティングゲームとかにも言えることです。
「このゲームを遊ぶ人は、このゲームの前にいろんなジャンルのゲームを遊んでありとあらゆるジャンルが上手くなっているはずだ」なんて思われても困ります! こちとら、ありとあらゆるジャンルのゲームが「自分には向いていないんじゃないかな……」と挫折してきたんだぞ!(威張るな)
そう考えると、『ファミコンジャンプ』のミニゲームって意外にしっかり難易度調整されていたんだなって思いますね……あっちはあっちで本編の難易度がどうかしているけれど。
◇ 革新性:「街」をまるごと作った実質「街シミュレーター」
とまぁ……ここまでの流れをまとめると、
・革新的なRPGを作ろうとしたら、どこにでもあるアドベンチャーゲームになった
・場面場面にやらされるミニゲームの難易度が高い
と、碌でもないゲームに思われそうですが、このゲームの「凄さ」を語るのはここからです! ゲームとしては「どこにでもあることをやらされる」ゲームなのに、世界中で絶賛されて「革新的なゲーム」として今でも語り継がれる部分をここから解説していきます。

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
それは何といっても、「商店街」をまるごと作ってしまったところです。
ゲーム内に出てくる地図を切り貼りした、商店街のマップを貼っておきますね。

<ドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』のものを加工した画像です>
この商店街は端から端まで3D空間として作られていて、読み込みなしのシームレスに移動できます。
この『シェンムー 一章 横須賀』のマップは「自宅」-「自宅付近の近所(山の瀬)」-「住宅街(桜ヶ丘)」-「商店街(ドブ板)」-「倉庫街」とエリアに分かれていて、そのエリアの切り替えにはロードがはさまります。
なので「言うほどオープンワールドか?」とは思うのですが、セガ自身が『I&II』発売のPVで「オープンワールドの原点と言われる」と言っていたし、そもそもオープンワールドの定義も統一されていないのでまぁイイか……
当たり前な話ですが、「オープンワールド」なんて言葉ができたのは『シェンムー』よりもっと後で2000年代中盤辺りです。『グランド・セフト・オートIII』(2001年)がヒットした後、『The Elder Scrolls IV: Oblivion』(2006年)が出てきたあたりじゃないかなぁと思われます。
だから、『シェンムー』開発時には「オープンワールドのゲームを作ろう!」なんて思っていなくて、作ったゲームが後に「今考えると『シェンムー』こそがオープンワールドの原点じゃね?」と言われるようになっただけなんですよね。
この辺の話も、『シェンムーIII』発売時に電ファミニコゲ―マーのインタビューで鈴木裕さんが話されていますね。
<以下、引用>
──『シェンムー』はオープンワールドゲームの先駆けとして、その後のゲーム業界に大きな影響を与えたと言われています。オープンワールドというゲームデザインが業界のメインストリームとなったいま、逆に『シェンムーIII』がオープンワールド文化から影響を受けている要素はあるのでしょうか。鈴木裕氏
「『シェンムー』を開発した頃は、自由度の高い遊びを提供する上で適切なジャンルがなかったので、FREE(Full Reactive Eyes Entertainmentの略、通称フリー)と呼んでいました。
その後にオープンワールドという言葉が生まれて、お金がかかるゲームの代名詞のような存在になりました。オープンワールドは広い世界を表現できるゲームデザインであることは間違いありませんが、広いからといってプレイヤーが完全に自由になれるわけではありません。
シェンムーに大切なのは、密度と自由度です。かつての『シェンムー』では、自分のやりたいことの半分もできていませんでした。私が作りたいのはオープンワールドではなくて、自由なゲームです。特にほかのゲームから影響を受けている部分というのはありません。」
</ここまで>
※ 改行や強調など、一部引用者が手を加えました
そう、『シェンムー』の公式ジャンルは「RPG」でも「アドベンチャー」でも「オープンワールド」でもなく、まったく新しいジャンル「FREE(Full Reactive Eyes Entertainment)」だと謳われていたんです。
意味を要約すると、「目に見えるもの全部に反応がある娯楽」でしょうか。
それって『ゼルダ』では……?と思ったけど、まぁ現実世界をシミュレートした『シェンムー』と、ファンタジーの『ゼルダ』を同列に語るのはあまり良くない気がする!
恐らくこれは、「レースゲーム」からウソを取っ払おうとして『バーチャレーシング』が生まれたり、「格闘ゲーム」からウソを取っ払おうとして『バーチャファイター』が生まれたりしたのと繋がっている話で……
「RPG」からウソを取っ払おうとした結果、「ウソのない商店街」が生まれたんだと思うんですね。

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
例えば、商店街にある一つ一つのお店―――

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
営業時間が書いてある店は、営業時間内なら中に入ることができます。
そして、ほとんどのお店は入ったところで特に何もありません。
涼さんはお店で飲食をしないし、店員さんに聞き込みをしても何も知らないことがほとんどです。
コンビニなど買い物ができるお店もなくはないですし、ストーリーを進めるために店員さんに話を聞かなくちゃならない店もなくはないのですが……大半のお店は、一度も中に入らなくてもゲームクリア出来ます。なのに、こんな風にめっちゃ作りこんでいるんですよ(もちろん、クリアのために必須のところだけ入れるようにしたら簡単になりすぎる……という理由もあるでしょうが)。

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
そして、ちがうタイミングで入るとモブが食事をしていたりします。
当然このモブにも話しかけることができます。食事中のモブに話しかけても「ゴハン食べているから後でね」と断られますけどね!

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
こんな風に「モブに見えるキャラ」1人1人にも、実は詳細な設定があって、そのキャラごとに「住んでいる家があって」「朝に家から出て」「昼に働いて」「夜に家に帰る」といった生活サイクルで動いているそうです。
現代のゲームでも『ルーンファクトリー』シリーズなんかはそんなカンジですが、あちらは住人全員と交流があって、好感度が上がったりするんですけど……『シェンムー』の場合、本当にただのモブでストーリーに関わりもないのにそんなところを作りこんでいるんですよ。
これは恐らく、鈴木裕さんが「既存のRPGに抱いた違和感」という話につながっているのだと思うのですが……
既存のRPGでは、街の住民は「棒立ち」だったり「同じところを行ったり来たりしているだけ」だったりで、話す台詞も「この町は○○です」みたいな同じ言葉をずっと話し続けます。『シェンムー』はそれがイヤで、RPGの住民1人1人にも「名前」があって「生活」があると描きたかったんだと思います。
とは言え、本当に住民全員が好き勝手に動いたら「話を聞きたい人がどこにいるか分からない」となってしまうため、主な舞台を商店街にしたのでしょう。商店街の店員さんなら、営業時間に店に行けば大体そこにいますからね。

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
そして、このモブ1人1人との会話もフルボイスな上に、ストーリーの進行状況に合わせて変化します。例えば、これは劉理髪店に向かう時点の会話で。

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
これは「チャーリーという男」を探している時に、同じキャラに聞き込みをした際の会話です。
特にストーリー進行に関係ないキャラとの聞き込みでも、いちいち台詞が変化して、どれだけのボイスパターンを収録しているんだと呆れてしまいます。現代のゲームだったら、効率を考えてパートボイスにしているところでしょう。

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
街の人々が「時間」に合わせて行動しているように、街も朝と昼と夜とで趣が変化していきます。雨が降ったり、雪が降ったりもします。

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
『ドラゴンクエストIII』(1988年)では「昼」と「夜」が切り替わりましたけど、『シェンムー』では時計が常に進み続けて(ヘルプ画面を表示している時だけ止まる)、「朝」も「昼」も「夕方」も「夜」もグラデーションで繋がっています。御丁寧に、比較的序盤に「夜にしか空いていない店」を探さなきゃいけないイベントがあったりと、時間を活用した場面も多いです。
1996年に『牧場物語』が出ているので「時間の概念のあるゲーム」が存在してなかったワケではないのですが、まだまだ今よりは一般的ではなかったんじゃないかと思います(逆に言うと、今では時間経過のあるゲームが当たり前すぎて「そんなことが斬新だったの!?」と驚かれそうですが……)。

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
また、このゲームには「時間」だけじゃなく「日にち」の概念があるので、ゲーム内で時間が進むと例えばクリスマスの時期にサンタクロースが歩くようになったりします。私はゲーム内の12月中にクリアしちゃったんだけど、「正月」とか「バレンタイン」とかもイベントあったのかなぁ……
「FREE(Full Reactive Eyes Entertainment)」=「目に見えるもの全部に反応がある娯楽」という話をすると、実際に高校生の涼さんが商店街を歩いてできそうなことができるのがこのゲームの目指したところなのかなと思います。

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
例えば、この自動販売機……
実際に飲み物を購入して、飲むことができます。このゲームには「回復アイテム」とかないので、お金を消費してただ飲めるだけ。
でも、そのために(ドリームキャスト版では)コカ・コーラとタイアップして、1986年当時のデザインをしっかり再現しているのです。すべては「ゲームだからと言ってウソをつかない」街を作るため。

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
まずガチャガチャで回して出てきたアイテムをコレクションできる要素があります。
1986年が舞台なのに、ガチャガチャの景品が『ソニック』や『バーチャファイター』のフィギュアだと? 妙だな……

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
商店街にはスロットマシンが遊べるお店もあります。
賭博ではないので、メダルを貯めていくと景品がもらえるだけみたい。

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
そして、やはり……語らなければならないのは「ゲームセンター」です!
お金を払うことで、ダーツとかQTEの練習とかができるのですが……それだけじゃなくて……


<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
どちらも1986年のセガのゲームで、鈴木裕さんがゲームデザインした作品ですね。
これ以前のゲームにも、コナミの『がんばれゴエモン』のゲームセンターで『グラディウス』が遊べるといったカンジに「クリアには必須ではない完全なオマケ要素」で「本編とはまったく別のゲームが収録されている」上に「作中で主人公がそれをプレイしている(オムニバス作品とかではない)」ものはありましたが……
『シェンムー』のコレは、「往年の名作がそのまま入っている(1面だけとかではなく最後まで遊べる)」のが画期的でした。
技術的にコレができるようになったタイミングだったこともあるのでしょうが、この1年半後の『どうぶつの森』(2001年)でもファミコンのゲームがまるまる遊べるなど「最新のゲームの中で昔のゲームが遊べる」がちょっとしたトレンドになっていきます。
セガは現在でも『龍が如く』シリーズや『JUDGE EYES』シリーズなどに「セガの往年の名作」を収録して、それが目玉の一つになったりしているのですが……アーケードアーカイブスなどが普通になった現在だと、「単品で売ってくれないかなぁ」とは個人的には思います。それが、こっからの不満点にもつながる話で……
とまぁ、こんな風に「作りこまれた」+「プレイヤーの行動にちゃんとリアクションしてくれる」+「ウソのない」街が『シェンムー』最大の特徴で……
例えば、「このモブは1日どんな行動をとっているのかな」を観察したり、ストーリーを追うのをそっちのけで1日中ずっと『スペースハリアー』を遊んでいたり、ガチャガチャでコレクションを集めたりといった「横道の遊び」ができる自由度こそが世界中で絶賛された革新性だと思うのですが……
ただ、このゲーム……「時間制限」があるんですよ。
ゲーム内のこの日までにクリアしないと強制ゲームオーバーというのが決まっているため、「横道の遊び」に没頭しているとゲームが終わっちゃうんです。
実際にはこの「時間制限」……むちゃくちゃ余裕があったというか、一応説明書には「サクラが咲いて散るころまでに」と書いてあるのですが、初見で遊ぶプレイヤーは「このゲームがどのくらいの長さなのか」が分からないワケで。心理的に、モタモタしないでさっさと進めなきゃって思っちゃうんですね。
しかし、何も知らずに終盤(ディスク3枚目)まで進めてしまうと、ストーリーの都合上「朝から夜まで倉庫街に拘束される」ため、商店街に帰れるのは深夜―――「横道の遊び」とかも出来なくなっちゃうんですね。
RPGを遊ぶ人は大抵「クリア直前のセーブデータを取っておいて、そのデータで世界を自由に探索できるようにしておく」ものだと思いますが、このゲームだとそれが出来ません。私のセーブデータ、もう「ラスボス戦」と「エンディング」しか見られないデータになっちゃいましたもの。
お金もそうで、「ゲームクリアのためにどのくらいお金が必要なのか」が初見のプレイヤーには分からないため、むやみやたらと無駄遣いは出来ないんですよ。特にこのゲーム、ディスク2枚目までは「毎日500円のお小遣い」以外に収入源がありませんからね。ガチャガチャとかゲームセンターのゲームとかも「遊び放題」とはならないんですね。
それで、ディスク3枚目に進んでバイトができるようになると、商店街に帰ってこられるのはもう夜なのでそんなに遊んでいる余裕もなくなるという。
なら、SEGA AGESとかでダウンロードソフトを買った方が気兼ねなく遊べるじゃないか! 『スペースハリアー』は無限に移植が出ていますが、『ハングオン』は近年では全然移植されていないんですってね。
とまぁ、こんなカンジに「時間」も「お金」も有限なので、少なくとも初プレイ時には「自由」を堪能する余裕がないんですよ……
この辺が非常にセガっぽいというか、なんというか……
「ものすごく斬新なことをやっている」のに、「プレイヤーにどう遊んでもらうのかの意識が薄い」ので、その斬新なところが楽しんでもらえないというか……そのせいで平々凡々なアドベンチャーゲームを3D空間で遊ばせるだけのゲームだと思われて、「ジャンルFREEって言う割に全然自由じゃねえじゃん!一本道ゲーじゃん!」と多くの人をガッカリさせちゃったのかなぁと。
◇ シリーズ性:全11章の予定だった壮大すぎるストーリーの、遊べるのはプロローグだけ
さて、この『シェンムー』1作目……『一章 横須賀』というタイトルから分かる通り、このゲームだけでは完結しません。
元々『バーチャファイターRPG』として全11章のシナリオができた時は、11章を前後編の2つに分けて発売する予定だったそうなんですが……容量の問題だったり、ドリームキャストの戦略だったりで、『一章』ごとに発売することになったのだとか。
今となっては……という結果論なんですが。
『シェンムー 一章 横須賀』みたいに「一つの街をとことん作りこむ」んだったら、ずっとこの街を舞台に遊べるジャンルにするべきだったんですよ。
例えば『龍が如く』の「神室町」とか、『AKIBA'S TRIP』などのアクワイア作品の「秋葉原」は、一度作った街を再活用して何本もゲームを出しています。『龍が如く』なんて、そのおかげか毎年のように新作が出ていた時期がありますもんね。
しかし、『シェンムー』は元々RPGだったので、ストーリーに合わせて舞台となる街を変えなければいけません。この横須賀の商店街は、『一章』で作りこんだのに(恐らく)『二章』以降では一切登場しません。
鈴木裕さんのやりたかった「ウソのない街の再現」は、最も「RPGに向いていないこと」だったんですよ。他のRPGがやらなかったのは、やらないだけの理由があったんだ……!

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
その結果、日本を舞台にした「プロローグ」の部分だけを発売することになったのが『一章 横須賀』なので、ストーリーは謎を残したまま何も解決せずに終わります。
戦う敵も「敵組織の末端」とか「その取引相手」みたいなヤツばかりで、盛り上がりに欠けます。

ジャケットに映っているこの3人……

3分の2がほとんど登場しませんからね!
ジャケットに思いっきり描かれているイデオンとガンバスターがエンディングにしか登場しない『スパロボF』かよ!
『一章 横須賀』にしか登場しないであろう商店街の人達も、魅力的なキャラクターがいなかったワケじゃないんですが……
原崎さんは「まだ本編じゃなくてメインヒロインを出せないから、とりあえず仮のヒロインが必要だな」で出されたキャラみたいで、扱いも掘り下げもちょっと残念でした。

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
突然そんなヒロインづらされても、こっちは朝から晩までフォークリフトのバイトで忙しかったのに……
ということで、全11章の壮大なストーリーの「プロローグ」としてこの作品が1999年12月に発売されたのですが……約1年後の2001年1月にセガは家庭用ゲーム機事業から撤退を発表します。
ドリームキャストは、本体発売からまだ2年とちょっとしか経っていないのに撤退戦に入るんですね。判断が早すぎる、鱗滝さんもニッコリ。
そして、2001年9月に『シェンムー』の続編が発売されるのですが、当初構想されていたはずの『シェンムー 二章』ではなく、三~六章に相当する内容らしい『シェンムーII』として発売されました。
どうやら二章は「船の中」を舞台にしていたのだけど、その話は全カットになってしまったみたい。一章の「商店街」と同じように「船の中」を作りこんで、乗客全員が思い思いに動いて……ってゲームだったら、それはそれで面白そうではあるんですけどね。それをゲーム化できる状況ではなくなってしまったんでしょう。
ということで、「ドリームキャストをけん引するためのキラータイトル」としてプレイステーション陣営を打倒することは叶わず。
『ファイナルファンタジー』に代表される大作RPGに対抗するべく生まれた「全11章の壮大なシリーズ」は、2025年現在でもまだ完結していないそうです。この辺の話は、いずれ『II』『III』とプレイしようと思っているのでその時にでも。
しかし、ここで話が終わらないのがセガなのです。
『シェンムー』自体が、プレイステーションに勝ったわけでも、『ファイナルファンタジー』に勝ったわけでもないのですが……『シェンムー』が「RPGが変わる」と言った通りに、この後のゲーム業界は覇権ジャンルが変わっていきます。
『シェンムー』の影響がどれだけあるのか分かりませんが(少なくとも1から100まで影響を受けたということはないと思う)、2001年に『グランド・セフト・オートIII』、2002年『グランド・セフト・オート・バイスシティ』、2004年『グランド・セフト・オート・サンアンドレアス』、2006年『The Elder Scrolls IV: Oblivion』に『Saints Row』、2007年『アサシンクリード』、2008年『Fallout 3』と、21世紀になって海外のオープンワールドゲーの時代がやってきます。
その反面、日本のゲーム会社が得意としてきた「コマンドバトルRPG」はメインストリームではなくなり、『ファイナルファンタジー』のような大作RPGを揃えているプレステ陣営の一強時代は終わりを迎えました。
2010年代になると、『マインクラフト』(2011年)のようなサンドボックスのゲームがでてきて、そこから『PUBG』(2017年)等のバトルロイヤルのゲームも出てきます。
かつて「コマンドバトルRPG」の代表作だった『ファイナルファンタジー』も『XV』(2016年)ではオープンワールドのアクションRPGになりました。『ゼルダの伝説』も『ポケットモンスター』もオープンワールドになって(『ポケモン』本編はコマンドバトルですが)、今やRPG=オープンワールドみたいな時代になりました。
『シェンムー』一作がそれを成し遂げたとは言いません。
また、『シェンムー』がなかったらオープンワールドのゲームが生まれなかったとも思いません。
ただ、「打倒プレステ」で「既存のRPGを研究して既存のRPGを打倒するため」に『シェンムー』が作られて、ドリームキャストも『シェンムー』自身もそれを成し遂げることはできなかったけど、『シェンムー』が投じた一石によって後々にゲーム業界が変わって「プレステ一強時代」も「FF一強時代」も終わりを迎えたと考えるなら―――
それはもう、「呪い」とか「毒」の類じゃないかって思うのです。
◇ 総括

<画像はドリームキャスト用ソフト『シェンムー 一章 横須賀』より引用>
ゲームに限らず、「後の作品に影響を与えた古典的名作」ほどその革新性が一般化されて、後の時代に触れても「当時は話題になったらしいけど今だと普通だな……」となってしまうことはよくあります。いわゆる『葬送のフリーレン』における「ゾルトラーク」現象。
『シェンムー』は典型的な「ゾルトラーク」で、「3D空間で一つの街を作りこむ」ことも「時間経過とともに住民が生活をする」ことも「QTE」も「ゲーム内で昔のゲームが遊べる」のも、今となってはまったく目新しくないでしょう。
でも、それこそが『シェンムー』のすごさの証明だと思うのです。
一般攻撃魔法として「ゾルトラーク」が定着した結果、実際に最も多くの人間を殺した魔法になってしまったように……『シェンムー』が切り開いた道が後に「オープンワールド」と呼ばれるようになり、時代のメインストリームになったからこそ「今だと普通だな……」としか思えなくなってしまったのです。
まぁ……実際『シェンムー』がなかったらオープンワールドの時代は来なかったのかは疑問なので……次のゲームの歴史探訪は『シェンムーII』よりも『グランド・セフト・オート』シリーズに行った方がイイかもなぁ。
『グランド・セフト・オート』1作目からプレイしようと思っていたのだけど、我が家のプレステ系の機種は全部壊れちゃったので現状遊ぶ手段はないんですね。ならもう、現在でも遊びやすい『III』からでもイイ気がしてきました。

筆者の意図とは違うと思うけど、シェンムーがいかにクソゲー(失敗ゲー)かということが分かりやすく紹介されていて良いと思った
返信削除車輪の再発明の下りは秀逸
シェンムーはただリアルにすればいいっていう本当に安直で何の工夫もない発想で作られてるからクソなんだよな
他のゲームは、現実と変えた方が面白くなる部分、現実と変えない方がいい部分、現実と変えない方が面白くなるだろうけど開発リソース的に変えた方が良さそうな部分とか判断した上でゲームを作ってる
そのバランス感覚こそが人間の知性だと思うけど、シェンムーは本当に知性を感じないゲーム
開発費ゴリ押しで色々現実に近い要素を入れてはいるが、結局それもすぐに使い切って全11章の内の1章部分だけでゲーム化して、続編こそ出たものの未完で終了
後世でリアル志向のゲームが成功したことで無駄に再評価を受けたけど、シェンムーの思考停止的なリアル至上主義と後世の大ヒット作品のゲーム哲学は明らかに異なるし、なんとなく先駆者っぽい雰囲気と懐古趣味だけで斬新なゲームだったみたいな評価を受けるのは間違ってるなと感じました