名作だからこそ薄れてしまう味


※ この記事は2012年に旧ブログに書かれたものを幾つか手直しして2025年に移行した記事です


 自分は伊集院光さんのラジオが大好きで、4月から伊集院さんが昼のラジオも始めたのでほくほくと聴いております。
  その番組とはTBSラジオ昼の帯番組『たまむすび』内の箱番組で、伊集院さんが出ているのは金曜3時~3時30分の間の20分間の『伊集院光の週末TSUTAYAに行ってこれ借りよう!』という部分です。


 この番組はザックリ言っちゃうと、伊集院さん(と竹内アナ)が毎回ゲストを呼んで「アナタがオススメする名作映画を教えてください!」という番組なんですが―――面白いのはゲストが2週間後にもう1回来るところ。

 1回目はゲストが大好きな映画の中から「伊集院さんが観たことない1本」をオススメしてもらい、その映画を観たことのない伊集院さん(とリスナー)に向かってネタバレなしで魅力を語ってもらい。

 そこからの2週間の間に伊集院さんもリスナーもその映画を観て。

 2回目のゲストに来てもらった際には伊集院さんもその映画を観ているので、「あそこが面白かったねー!」「あのラストには俺は納得いってないよ!」等と感想を言い合うのです。





 んで、本題はここからです。
 ゲスト松尾貴史さんに選んでもらった『裏窓』の感想を言い合う回が、とてつもなく面白かったです。

 自分もこの映画を観ようと近所のレンタルDVD屋さんを探したんですが……レンタル屋さんって古い映画をどう探していいか分からなくて見つかりませんでした。

 なので、この番組で聞いた情報とネットで検索してきた情報でしかないのですが、簡単に紹介を。
 この映画は1954年にアメリカで公開されたヒッチコック監督の作品で、足を骨折してしまった主人公がヒマすぎて部屋から望遠レンズで隣のアパートを見ていたらどうやら殺人事件が起こったらしくて――――というサスペンス映画だそうです。



 伊集院さんはこの映画が「何が面白いか分からなかった」とのこと。
 自分がどうして伊集院さんのラジオが好きかというと、ここからが重要で、伊集院さんは「何故自分がこの映画を楽しめなかったのか」を分析して説明するのが上手いからなんです。


 伊集院さんはこの『裏窓』という映画を観たことがありませんでした。
 しかし、この『裏窓』という映画は名作すぎて色んな人に影響を与えていて、この『裏窓』からインスパイアされたと思われる『UFO -A day in the life-』というゲームを伊集院さんはプレイしていて、伊集院さんは『裏窓』なんか知らないのだけど、『UFO -A day in the life-』の方は「生涯ベスト3に入るゲーム」というほど大好きになっていたそうなんです。


 つまり、色んな人に影響を与えた古典中の古典と呼ばれる名作よりも先にそこから影響を受けた作品を知ってしまったがために、後に「古典中の古典と呼ばれる名作」を見てもピンと来ない――――これは自分の身に置き換えてもよくある話だなーと思うのです。

 オススメした映画を気に入られなかった松尾さんの分析も見事で、「後から出る作品は古典のイイ部分ばかりを濃縮できるから、そっちを先に知っちゃうと古典の方が薄味に思えてしまうかもね」とのこと。これもすっげー分かります。



 今回の『裏窓』と『UFO -A day in the life-』は40年以上の差があるので直接影響を受けたのかも確かではありませんけど(間接的に影響を受けた可能性は高いだろうけど)―――もっと近い年代差でこういうことは頻繁に起こっていますよね。

 分かりやすいのは『ドラゴンクエスト』。
 日本中に衝撃を与え、多くの日本人に「RPGって面白いゲームがあるんだぞ」と知らしめたゲームなんですが……当然『ドラクエ』以前にもRPGは存在していて、既に海外で大ヒットしていた『ウルティマ』や『ウィザードリィ』といった海外RPGを日本向けに大幅アレンジして日本で大ヒットしたのが『ドラゴンクエスト』でした。

 なので当時、「ドラクエの元となったゲームを遊んでみたい!」と思った人が『ウルティマ』や『ウィザードリィ』に手を出して、大抵の人が「なんじゃこりゃーーーー」と跳ね返されたと聞きます。これを日本人の口に合うように仕立て上げた『ドラゴンクエスト』って凄いなぁという話。



 漫画の世界でもよくある話ですよね。
 例えば現在の少年ジャンプでバトル漫画を描いている作者達は多かれ少なかれ『ドラゴンボール』の影響を受けているのは間違いないのだけど、当時を知らない今の世代のジャンプ読者が「名作って言われているからドラゴンボール読んでみたけどそんなにイイとは思わない」みたいなことを言って、私らの世代がムキーーーッ!となるというのはお約束な話ですよね。

 だって、「ドラゴンボールの影響を受けた世代の漫画家さん」達は、そこからイイ部分イイ部分を抽出して洗練させて今のジャンプ読者世代に面白くなるように濃度調節して提供しているのですもん。『ドラゴンボール』の場合は「薄味」というより「原液が濃いい状態」だと思いますけど。




 これは「名作の方を後から知った」例とはちょっと違うのですが、『ももたろう』はどうして面白いのかの記事を書いた際に思ったことで―――あまりに出来が素晴らしい名作は、後の作品の「手本」になるがゆえに、「定番」となり、「ありふれたもの」になり、いずれ「陳腐なもの」と思われてしまうことがありますよね。



 「映画でも小説でも漫画でもイイから、あなたがストーリーを一番好きな作品は何ですか?」と訊かれ


 「ももたろうです!」


と答える人に出会ったら、きっと私達は失笑してしまうじゃないですか。えーこの年齢になって『ももたろう』なのーって。
 でも、私達が大好きな作品の方をよくよく分析してみると、実は『ももたろう』の影響を大きく受けていたり――――ってことも多いと思うのです。古典ってそういうものだと思うのです。





 「だからこそ古典は大事」だとも思いますし、
 「だからこそ古典を楽しめなくても仕方ない」とも思います。

 作品のルーツとかに詳しい人には「その作品が好きならその作品の元となった○○も見ておかなきゃダメだよー」と言ってくる人もいます。それは別に悪気があるワケでも、威張りたいワケでもなくて、「その作品の作者は○○が大好きだったんだから」という純粋な善意からだと思われます。

 でも、実際に「ルーツとなった作品」を見ても楽しめないことはしょっちゅうですし、むしろ楽しめない方が自然なことじゃないかと思うようになってきました。それはどっちの作品に優劣があるとかじゃなくて、「出会うタイミング」が違っただけなんだと。



 最後に、番組で松尾さんが仰られていて印象に残った言葉をここに記しておきます。 

 「誰の心にも響く普遍的な名作なんて存在しない」
 「全ては人それぞれの好みとタイミングだ」



※ 2025年追記:


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