桜木花道はどうして50人にフラれることができたのか?


<画像は漫画『SLAM DUNK』1巻#1より引用>

※ この記事は2008年に旧ブログに書かれたものを幾つか手直しして2025年に移行した記事です


 『SLAM DUNK』の第1話を初めて読んだ時、この作品が後に世界中を熱狂させることなんて想像もしなかった僕は「この主人公、50人にもフラれてんのかよー!ギャハハ!」と笑ったものでした。
 それ以前にも少年ジャンプの主人公には“普段は三枚目”なキャラが沢山いました(それこそ井上先生がアシスタントをしていた『シティハンター』とかね)けれど、「中学3年間で50人にフラれた」という数字のインパクトは物凄かったことを覚えています。

 この年齢になってみると……自分も大して変わんなかったなとも思うのですが、それでも50には達しませんでしたもんねぇ。
 3年間で50人にフラれるって、現実的にどうやれば可能なんでしょうか?



 そう言えば……「フラれる」という単語を聞いて、「告白して断られること」を連想するか、「付き合っていた恋人に別れを切り出されること」を連想するかで非モテ度が分かるなんて話がありますが―――
 このケースでは恐らく前者ですよね。第1話で「彼の夢は好きな娘と一緒に登下校することなのであった」と説明されているくらいなので。


 まぁ……半端な希望も持たされずに「告白した時点で断られる」方が、とりあえず付き合ってみるかと付き合ってみて3日目に「やっぱりありえない」「気持ち悪さに耐えられない」と別れを切り出されるよりもよっぽど優しさに満ちているような気もしますけど。そういった死にたくなる話は置いといて―――



 桜木花道って、スペックとしてはかなりモテそうじゃないですか。

1.顔 
 目つきは悪いけれど、パーツとしてはかなり整っています。
 赤い髪+リーゼントは好き嫌いが分かれそうですが、別に禿げているワケでもないし、「他の髪型も試してみて」と言ったらアッサリ変えてくれるかも知れないじゃないですか。最終回の短髪姿とか、かなり格好良かったですし。


2.体型
 190cm近い身長に筋肉質の体で、運動神経が抜群。
 もちろん女性の中には「背が高すぎる人はちょっと……」という人もいますが、「180cm超えていないと男として認めない」みたいなことを言う女性も沢山いますし(流石に中学生にはいないか)。筋肉フェチの女性からは理想の体でしょう。


3.性格
 怒り出すと止まらないところがありますが……非常に仲間思いで、相手のことを思いやれる優しい一面もあります。社交性がないワケでもないです。あと、内向的なクセに明るく振舞ってくれるので、こっちが落ち込んでいても「そんなの気にすることないっすよ!」と精一杯励ましてくれそうです。

 不良グループというレッテルを貼られていますが、ケンカとパチンコ以外の不良行動はほとんどしないんですよね。バッシュをムリヤリ値切って買ったことはあるけど、あれは悪気があったワケじゃないでしょうし。早起きして一人練習をしたり、かなり健康的な生活を送っています。
 あとはまぁ、水戸洋平を始めとしてしっかりとした友人がいるのもポイント高しですよね。わざわざ毎試合応援に行くだなんて、よっぽどの信頼関係がないと出来ませんからね。


4.信念
 融通が効かないほど一途。
 熱中し始めると一心不乱に夢中になり決して浮気はしません。恋愛に対しても軽い気持ちで始めることはなく、常に全力で相手のことを想っています。「○○くんのことが好きなの」とフラれても、その男を襲撃するようなことはなく、相手の幸せを願ってそっと身を引く男気にも満ちているのです。

 むしろ、ちょっと「女性にとって都合が良すぎる」くらいの男だとも思えてしまいます。



 これは男である僕の意見だからなのかも知れませんが―――ハッキリ言って、これ以上の男はいないくらいの格好イイ男です。桜木がモテなくて誰がモテるんだというくらい最高のスペックを誇っています。
 女性読者の意見を聞いてみたいところですが……『SLAM DUNK』は女性にも大人気でしたし、作中1番の人気キャラとは言いませんが、トップ10には入るくらいの人気キャラだったんじゃないかなぁと推測します。少なくとも50人全員が「ゴメンなさい」と思うほど不人気ではないでしょう。

 では、何故……作品世界の中で桜木花道は「中学3年間で50人にフラれた」のでしょうか?
 漫画だから…と言ってしまうと話が終わってしまうので。この謎に「モテ」と「非モテ」の境界線の鍵が隠されているんじゃないかと思い、記事を書いてみることにしました。



○ プロモーションの問題
 上に書いた桜木花道のスペック……顔や体型はともかく、性格や一途さを知っているのは“漫画を読んでいた”僕だからです。あそこまでその人物を追いかけて、その人物の内面を理解するのは現実では難しいことです。

 桜木をフった50人というのが、どれくらい桜木と関わっていたのか&どれくらい桜木のことを理解した上でフったのかは想像するしかないのですが―――恐らくは、見た目のインパクトで「何となく怖そう」くらいのことしか知らずにフってしまったんじゃないでしょうか。本当は、一途で一生懸命で優しい努力家だというのに。
 実を言うと、こうした側面は作中でも描かれており……第1巻で「不良の元締めだったらしい」「こわくないの?」と言っていた晴子の友人(藤井さん)が、桜木が頑張っている姿を見て「感動しました」と告げるシーンがあるんですよね。桜木がモテなかったのは、ほとんどの相手に“悪い一面”しか見られていなかったからじゃないか―――と。藤井さんは桜木が晴子のことを好きだと知っていたので、そういう対象にはならなかったでしょうけどね。


 3年間で50人にフラれたということは……36ヶ月間で50人ですから1ヶ月1.38人にフラれる=21日(3週間)で1人にフラれるという計算になります。もちろん1人目にフラれてから2人目に出会うまでの期間もありますから、相当の過密日程になってしまいます。

 桜木花道という男をプロモーションするには、とてもじゃないですが時間が足りなすぎるのです。もし、一つ一つの恋愛にもうちょっと時間をかけていたのなら同じ結果にならなかったんじゃないでしょうか?


○ マーケティングの問題
 外見だけでも桜木花道のスペックはなかなかなものだと書きましたが、やはりそこには激しい好き嫌いがあるのも確か。「髪が赤い時点でちょっと……」という人もいるでしょうし、「背が大きすぎるのもちょっと……」という人もいるでしょう。

 桜木をフった50人がどういう女性だったのかは分かりませんが、晴子や50人目の女性(確かアニメ映画版では名前が付いていたはず)を見る限り―――桜木の好みのタイプはマジメそうな女性という印象を受けます。
 一方で、桜木花道の見た目の印象は……内面とは裏腹に「不良だ」「怖そうだ」と思われるでしょう。晴子みたいな特殊なケースを除いては。

 食い合わせが悪いというか……住む世界が違うというか……
 桜木が何故赤い髪を貫き通したのかは作品の最後まで明かされることはなかったのですが、もし仮に本気で相手に振り向いてもらいたかったのなら、自分も相手に合わせて髪型を変えるという選択肢もあったはずです。晴子のケースでは、バスケット部に入部までしてしまったのですからね。

 自分がそうしたいから、そのまま相手に受け入れてもらいたい……なんて都合が良い展開にはならないもんです。特に、僕らのようなモテない男どもにとっては。桜木花道のケースは決して他人事ではないのだなと、つくづく思いました。



○ 評判の問題
 これは、その50人がどの程度のエリアにいる女性だったのか……という話にもなるんですが。
 喩えば50人全員が同じ中学校の女子だった場合―――もう途中から「アタシ、桜木花道に告白されちゃった」「え?アンタも」「ワタシもワタシも」と評判になっていたことでしょう。「アイツ、また告白するのか」「次の相手は誰だ」という話題になっているかも知れませんし、ひょっとしたら洋平達が賭け事にしているかも知れません。

 その状況で告白されて、「とりあえず付き合ってみましょう」と言う勇気があるでしょうか―――
 1人目に告白された女性と、50人目に告白された女性では心理的なハードルの高さは全く別なものになっていると思うのです。「コイツ、次から次へと告白してんだな」とも思うでしょうし。

 芸能人の「抱かれたくない男」ランキングとかはある意味でステータスでしょうけど、リアル生活圏内の「フラれまくり」ナンバー1はガチでキッツイです。経験者は語る。裏を返せば「それだけ大事にしてくれる」ところもあると思うんですが、中学生の女子にそこまで想像は出来ないでしょうしね……




 うーむ……後付けで考えた理由とは言え、結構それなりに説明出来るもんですね。
 「時間をかけて自分の魅力をプロモーションする」「相手の好みに合わせて自分も変わる努力をする」の二点は、リアルモテない僕らにとっても学ばないとイケないことだよなーと思いました。評判はもうしゃあない。イザとなったら誰も自分のことを知らない街に引っ越しましょう!(えー)


 しかし……今回、久しぶりに『SLAM DUNK』のことを考え、序盤のコミックスなんかを読み返してみたのですが。この漫画ほど「彼女はいません」をエネルギーに変えた漫画はありませんよね。もし仮に第1話で桜木と晴子が付き合うようになっていたのなら、桜木花道はバスケを始めなかったでしょうし、始めたとしてもアレだけの熱意を注ぎ込めなかったことでしょう。




 もちろん、この漫画が「好きな女のコに振り向いてもらいたい」ところから始まっているのも確かです。
 恋愛のパワーを否定しているワケでは決してなくて、むしろ片想いのパワーをみくびんじゃねえぞ!もっとみんな片想いをしようぜ!片想いしている男こそが最強!という作品だったのかもなーと、今更ながらに思いました。

 井上先生の作品は、『SLAM DUNK』にしろ『バガボンド』にしろ『リアル』にしろ、題材は作品ごとに違いますが“みんな、それぞれ必死に生きている”を描いている作品です。「○○は××じゃなければならない」という凝り固まった価値観を押し付けあう今の世の中だからこそ、『SLAM DUNK』のように一人一人がそれぞれの人生を歩んでいる作品が注目し直されないかなーと期待しています。


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