※ この記事は2020年に旧ブログに書かれたものを幾つか手直しして2025年に移行した記事です
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しかし、今日みたいな記事のタイトルにすると、十中八九「“日本一遅い”だなんて断言するのはおかしい」「クソデカ主語かよ」「オマエより後に感想を書いた人がいたらどう責任を取るんだ」「とりあえず死ね」とコメント欄に書かれたり、コメントを書かなくても脳内で思い描く人がいたり、「わたしはそんなことは思いませんが、そういうことを書かれてやまなしさんが傷つくかも知れないので“日本一”のところだけでも消しませんか」とか親切心で言ってくる人が出てきたりすることは想像に難しくありません。
私は、そんなクソみたいなイチャモンに屈する気はありません!
私は間違った記事タイトルなんて付けていないのですから!
この記事が旧ブログから移行されるのは2025年の12月21日10時00分00秒頃のはずです。
2019年のM-1決勝は2019年の12月22日に行われたのですから、6年前の12月22日からたくさんの感想が書かれたことでしょう。雑誌だったり、ブログだったり、Twitterだったり、インスタだったり、Mastodonだったり、Mixiだったり、YouTubeの動画で時々ある文字だけが流れるヤツだったり。恐らく何万という感想が既に世に出ているでしょう。仮に、その感想が今日までに100000あったとします。
私の6年遅れの感想記事は、日本で100001番目の感想記事です。
「オマエより後に感想を書いた人がいたらどう責任を取るんだ」と私に言ってくる人や脳内で思った人は、私が書いた2025年の12月21日10時00分00秒以降に100002番目の記事が現れるかも知れないのに、“日本一遅い”だなんて断言するなと言いたいのでしょう。
しかしですね。
私が記事を移行した2025年の12月21日10時00分00秒の時点で、2025年の12月21日10時00分01秒以降の出来事を予測することは不可能なんですよ。
例えばの話です。
陸上の100m走の日本記録で言えば―――2017年9月9日に桐生祥秀が9.98秒の記録で走って日本記録を樹立しました。その2年後の2019年6月7日にサニブラウン・アブデル・ハキームが9.97秒で走り、この記録は塗り替えられてしまうのですが。
2017年の桐生祥秀に、「いや、アンタは2019年にサニブラウンに抜かれるからこの記録は日本記録じゃなくて歴代2位だよ」なんて言える人はいません。2017年の私達に2019年は観測できないのですから。あくまで2017年9月9日までの記録で、日本記録と言ってイイはずなんです。
ということは、2025年の12月21日10時00分00秒の私には、2025年の12月21日10時00分01秒以降は観測できないのですから、「日本一遅い」と明言してしまっても構わないはずなんです。仮に2025年の12月21日10時00分01秒にサニブラウンのような人が現れて『M-1グランプリ 2019 決勝』の感想を書いたとしても、2025年の12月21日10時00分00秒の時点で私が日本一遅かったことは間違っていないんです。

ということは、ですよ。
ありとあらゆる全ての感想記事は、「日本一遅い」んです。
仮に新作のゲームの発売日に急いでクリアして感想を書いたとしても、その時点では「日本一遅い」し、その10秒後に感想を書いた人も「日本一遅い」のです。私達のやることは常に「日本一遅い」ことからは逃れられないんです。それが、私達が抗えない時間の流れなんです。
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