※ この記事は2016年に旧ブログに書かれたものを幾つか手直しして2025年に移行した記事です
年末年始にテレビで放送されていたので録画しておいた『エピソード1』~『エピソード6』までの6作を、です!『エピソード7』はまだ観ていません!
ひょっとしたら今日の記事、世界一遅い『スター・ウォーズ エピソード1』のレビュー記事になるかも知れません(笑)。
『スター・ウォーズ』シリーズって……世間ではもう「観ているのが当たり前」「一般常識」みたいに言われているけど、実は1作も観たことがないからどれから観たらイイのかも分からないという人も多いシリーズじゃないかと思うのです。そういう人に向けた「超初心者のための『スター・ウォーズ』講座」を、最初に簡単に書いておきましょう。
『スター・ウォーズ』は元々3つの「3部作」からなる「全9部作」が構想されて始まっているのですが、まず最初に製作&公開されたのは「9部作の中の4番目」でした。アメリカでは1977年、日本では1978年に公開された『スター・ウォーズ』―――後に『エピソード4/新たなる希望』という副題が付く『エピソード4』です。
『スター・ウォーズ』シリーズって……世間ではもう「観ているのが当たり前」「一般常識」みたいに言われているけど、実は1作も観たことがないからどれから観たらイイのかも分からないという人も多いシリーズじゃないかと思うのです。そういう人に向けた「超初心者のための『スター・ウォーズ』講座」を、最初に簡単に書いておきましょう。
『スター・ウォーズ』は元々3つの「3部作」からなる「全9部作」が構想されて始まっているのですが、まず最初に製作&公開されたのは「9部作の中の4番目」でした。アメリカでは1977年、日本では1978年に公開された『スター・ウォーズ』―――後に『エピソード4/新たなる希望』という副題が付く『エピソード4』です。
どうして『エピソード1』からではなく『エピソード4』から始まっているのかという理由を書くと……1作目が公開されるまではシリーズ化されるほどの人気作になるとは誰にも分からなかったため、最も「1本の映画として“冒険活劇”になっている」『エピソード4』が選ばれたと言われています。また、『エピソード4』は後のシリーズに比べて「大規模な戦闘シーン」が少ないため、当時の予算でも実現できたからという説もありますね。
シリーズ1作目となる4番目の作品(ややこしいな…)が大ヒットしたことで、後に『エピソード5』という名が付く『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』が1980年に、後に『エピソード6/ジェダイの帰還』という名に変わる『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐』が1983年に公開されました。
つまり、1977年~1983年に『エピソード4~6』が公開され、この3作がルーク・スカイウォーカーを主人公とする3部作となっているのです。最近までは「旧3部作」だなんて呼ばれていましたね。
そこから色々あって、『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』が公開されたのは1999年です。ここから『エピソード4~6』よりも一世代前を舞台にした3部作が始まり、2002年には『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』、2005年には『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』が公開されました。
つまり、1999年~2005年に『エピソード1~3』が公開され、この3作がアナキン・スカイウォーカーを主人公とする3部作となっているのです。最近までは「新3部作」だなんて呼ばれていましたね。前の話なのに、「新3部作」。
その後も色々あって、しばらく新作は作られなかったのですが……昨年2015年の12月に待望の『エピソード7』にあたる『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』が公開されたので、ファンは狂喜乱舞しているということなんですね。『エピソード7』そのものも楽しみにされていたのだけど、一時はもう作られないんじゃないかと諦めかけていた「全9部作の最後の7~9作目」が作られるぞ!と。
細かい部分は省略しましたが、初心者に最低限伝えたいことはこんなところです。
さてさて。
こんな経緯で作られていったシリーズなので……シリーズファンの間でも「『スター・ウォーズ』を全く観たことがない初心者に、どういう順番で観ることを薦めたらイイのか」が議論になり、その意見は長年の間ずっと真っ二つに分かれていました。
一つは「4→5→6→1→2→3」と「公開順」に観る順番。
こうすることによって、リアルタイムに観続けていたファンの気持ちを追体験できますし、映画の技術の進歩を観ることも出来ます。
もう一つは「1→2→3→4→5→6」と「時系列順」に観る順番。 こうすることによって作中に出てくるキャラクターと“知っていること”を共有できるし、混乱なく物語に入っていけるという考えです。学校で習う歴史の授業だって、ご丁寧に「クロマニョン人」とかから始まって時系列順に進みますもんね。その方が分かりやすいだろうと考えてそうしているのだと思います。
さて、私はどうしたかというと……
私は、かつて「時系列順」に近い見方をしていました。『エピソード4~6』はリアルタイム世代ではないので観たことがなくて、最初に観たのが『エピソード1』でした。次が『エピソード2』。そして、「何が面白いのかさっぱり分からない」とブン投げてしまって『エピソード3』は観ませんでした。
しかし、その後たまたまテレビで放送されていた『エピソード5』を観たらものすごく面白くて、その後に『エピソード4』『エピソード6』と続けて観て―――結局「1→2→5→4→6」という順番に観て、「何だよ、旧3部作(4~6)は面白いじゃん、新3部作(1~3)は全然面白くなかったけど」なんて思っていました。『エピソード3』に関しては観てもいないのに(笑)。
しかし、この年末年始に放送されていたものを録画して一挙に観た結果、分かりました。
「旧3部作に比べて新3部作がつまらなかった」のではないのです。私は、観る順番を間違えただけだったのです。
そもそも、どうして私が今更シリーズの『エピソード1』~『エピソード6』を観ようかと考えたかというと、この記事を読んだからでした。
「旧・新全6作、どんな順番で観る?」スター・ウォーズ・イヤー記念連載『スター・ウォーズ』ノ・ミカタ
ネタバレには気をつけて書かれていると思いますが、シリーズを1作も観ていなくて「これから観よう!」と考えている人にはネタバレがあるかもです。結論から言ってしまうと「4→5→2→3→6」という順番に観ることを薦めているのですが、この記事はシリーズファンの間でもかなり話題になっていましたね。「これなら納得だ」的に。
なので、私はこの年末年始で録画しておいたシリーズを「4→5→1→2→3→6」の順で観ました。『エピソード1』も観ました、上の記事では「観なくてイイ」と書かれていましたけどせっかく放送してくれたので(笑)。
そうしたら、ものすごっく面白かったのです。以前リアルタイム時に観た時は「何が面白いのかさっぱり分からない」とブン投げた『エピソード1』も『エピソード2』も面白かったですし、『エピソード3』に至っては「シリーズで一番好きかも」というくらい面白かったです。
「4→5→1→2→3→6」という順番で観ると、主軸は「4→5→6」というルーク主人公の物語になり、そこに「1→2→3」というアナキン主人公の「過去編」が挿入されるという形になります。『4』や『5』を観た時には分からなかった「どうしてこうなったのか」の謎が『1』『2』『3』で明らかになっていく推理要素が生まれますし、最終決戦となる『6』の前に「これまでの歴史」を見ることで最終決戦の重みが増す効果がありました。
『ONE PIECE』などの少年漫画にもよくありますよね。数週に渡って過去編が続いて、それによって「どうしてこのキャラがこうなったのか」の謎が明らかになり、それらを全部吹っ飛ばして敵をやっつける意味が強くなる――――という構成。「4→5→1→2→3→6」という順には、そういう効果があったのです。
また、時系列順の「1→2→3→4→5→6」に観ると、『1』も『2』も『3』も面白さが分からなくても仕方がないんじゃないかなーと思いました。
私は「ネタバレが嫌い」な人間だから、先に『4』『5』『6』を観ると「分かりきった未来」に向かうだけの『1』『2』『3』になっちゃって面白くなくなると考えていたんですけど……『1』『2』『3』は、『4』に繋がる話だから「『4』を観ていることが前提」の作りになっているんですね。
ここから書くことは「作品の魅力を削ぐネタバレ」ではなくて「作品を分かりやすくする解説」になると自分では思うのですが、それでも何の情報もなく作品を観たいという人はここからの10行くらいは読み飛ばしてください。
私、『エピソード1』『エピソード2』を観ていた頃は「ははーん?恐らくこのオビ=ワンってやつが黒幕に違いないな!出番が多いし、主人公であるアナキンにやたら突っかかってくるし」と思って観ていたんです(笑)。そしたら全然正体を現さないし、主人公であるアナキンは分からず屋だし、観ててすっげえイライラすると思いながら観ていたんです。
で、『エピソード5』を観てびっくりしました。「オビ=ワンがルークの師匠なのか!」と。『エピソード1~3』は「若き日のオビ=ワンを主人公にした、アナキンを救えなかった話」だったのです。私が黒幕だと思っていたオビ=ワンが(ある意味での)主人公で、私が主人公だと思っていたアナキンは「悲劇のヒロイン」みたいな扱いでした。『エピソード1』から観た私にはそれが分からなかったんですね。
ハイ、「人によってはネタバレに思うかもしれない部分」終わりましたー。ここからどうぞ。
ということで、『エピソード1~3』は『エピソード4』という未来にどう繋がるのかを説明する話なので、ところどころに意味深な間があるんですね。「ここでこのキャラがこういう選択をしたことが、あの未来に繋がってしまうんだよ」という間がところどころにあるのです。
もちろん作中のキャラはそんな未来になることは知らないのですが、カメラワークなどなど演出をしている人はその未来を知っていますし、視聴者もその未来を知っていることを前提に作られているように思えました。「視聴者だけが全てを知っている」というヤツですね。
逆に言うと、その未来を知らなかった時期はそれらのシーンを観ても「ここがああいう未来に繋がるのか!」と分からないどころか、「なんかテンポ悪いなー」としか思えなかったんですね。
また、(細かい矛盾がないこともないけれど)『エピソード1~3』を観ている途中は「え?ここでこうなっていると『エピソード4』に繋がらなくない?」と思うところが出てくるのですが、最終的にはそれらが『エピソード4』にきっちり繋がるので「ジクソーパズルがきっちりと全ピース揃う」みたいな気持ち良さがありました。
そういう構成を考えると……『エピソード1~3』を観るタイミングは、(『エピソード4』を観終わった後でも『エピソード4~6』を観終わった後でもなく)『エピソード4~5』を観終わった後というのは非常に納得の順番でした。情報の提示のしかたがものすごく上手くいくんですね。最初から「4→5→1→2→3→6」という順に観ることを想定して作られたんじゃないかと思うほどに。
なので、私は、これから『スター・ウォーズ』シリーズを観ようと考えている人には「4→5→1→2→3→6」という順に観ることを強くオススメします。
『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』以前にも、“本編よりも前の時代を描いた前日譚”を独立した作品として発表することはあったように思うのですが……
パッと今思いついたのが『ドラゴンボールZ』の「たったひとりの最終決戦」くらいしかなかったので、それまではそんなに盛んではなかったんですっけ?ゲームの世界では割とよくあるので(『ゼルダ』なんかどんどん過去に遡っている)、定義自体も難しい話ではあるんですが。
ともかく、最近も多いですよね、「エピソード0」や「エピソード1」にあたる“本編よりも前の時代を描いた前日譚”を独立した作品として発表すること。
現在、劇場版アニメとして公開されている『傷物語』は、『化物語』と始めとする『物語』シリーズの「エピソードゼロもの」に該当する「始まりの物語」です。阿良々木くんが“怪異”というものを初めて認識して、キスショットや忍野メメに初めて出会う話です。
また、分類としてはOVA作品に近い扱いなのでしょうが、イベント上映やネット配信→後にブルーレイ・DVD販売と展開している『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』のアニメ版も、『機動戦士ガンダム』に至るまでの「シャアとセイラはどうやってシャアとセイラになったのか」を描いた作品なので「エピソードゼロもの」と言える作品でしょう。『ガンダム』シリーズの場合、各作品ごとに作者が違うのがややこしいところではあるのですが。
たまたま最近コミックス2巻が発売された『SHIROBAKO』の漫画版も、本編にあたるアニメ版よりも以前の時期である「高校生だった頃の主人公達」を描いているので、これも「エピソードゼロもの」と言える作品かなと思います。
『SHIROBAKO』に限らず、アニメオリジナルの作品は「小説」や「漫画」でアニメよりも過去の話を描くことが結構ありますね。『コンクリート・レボルティオ』の小説版『超人幻想 神化三六年』は本編の前日譚ですし(アニメで輝子と爾朗が出会うのは神化41年)、『ローリング ガールズ』の漫画版は宇徳真茶未を主人公にした前日譚だったそうですし。
んで、これらの「エピソードゼロもの」は、時間軸としては「最初の物語」になるから―――本編よりも先に観た方がイイのかとか、本編を観ていなくても楽しめるんじゃないかとか考えてしまいがちなのですが。今回『スター・ウォーズ』を通して観て、前日譚から先に観ても「何が面白いのかさっぱり分からない」ことになりやすいんじゃないのかなと思ったのです。
作り手は「本編ありき」で作っていて、一つ一つのシーンが「これが本編にこう繋がるのか!」という楽しさになるので、本編を全く知らない状態で観てもそれが分からず「退屈な話」に思えてしまうんじゃないかなぁと思うのです。
この話……「ネタバレ」問題の裏表の話じゃないかと私は思っていて……
世の中には、「ネタバレをして欲しい人」がいるという大切な事実という記事を書いた際に、「推理小説は最後をまず最初に読み、犯人が分かった状態で最初から読み始めるのが好き」という人がいるという話を書きました。
ネタバレ嫌いな自分からすると「推理小説の一番面白いところを捨てちゃっているじゃん!」と思うのですが、じゃあ『刑事コロンボ』とか『古畑任三郎』のような「最初に犯人を教えてしまう」倒叙もののミステリーは楽しめないのかというとそんなことはなく、「視聴者だけが犯人を知っている」前提で作られた話は「主人公はどうやって犯人を追い詰めるのか」「犯人はどこにミスをしていたのか」で引っ張られるのですごく楽しいです。
つまり、作り手は「視聴者が知っている情報」を前提にしてストーリーを組み立てるため、最初に犯人を教えてしまう作品は「犯人が分かっているからこそ面白い」作品になるんですね。
なので、「『コロンボ』だって面白いんだから、俺がお前に推理小説のトリックをネタバレしたって問題ないだろう」って理屈にはならないんですよ!貴方は作者じゃないでしょう!作者が考えた順番に従わせてくださいよ!
あ……一応言っておきますけど、「推理小説は最後をまず最初に読み、犯人が分かった状態で最初から読み始めるのが好き」という人を否定したいワケじゃないですよ。それが一番楽しい方法だというのならそれをすればイイと思います。「私が一番楽しい方法」と「貴方が一番楽しい方法」は違うので、それぞれ一番楽しい方法で作品を楽しめたらイイですねって話です。
閑話休題。
多くの「エピソードゼロもの」は本編を知っている人に向けて作られるため、『コロンボ』や『古畑』が「視聴者は犯人を知っている」前提で作られるのと同様に、「視聴者は本編を知っている」前提で作られているんじゃないかなぁと思うのです。
そんな見方はしたことがありませんが、『古畑任三郎』を「古畑と同じ視点で楽しみたい」と考えて、冒頭の事件シーンを敢えて観ずに「古畑登場のシーン」から観始めたとしても……多分そんなに面白くないと思うんですね。だって、そういう見方をしても犯人はバレバレでしょうし、「ここに犯人が見落としていたミスがあるんですよー」というシーンが意味不明になってしまいますし。
それと同じように、本編を観ずに「エピソードゼロもの」から観始めることは、冒頭20分を見逃した『古畑任三郎』を途中から観る行為に近いんじゃないかと思いました。
宣伝する人は一人でも多くの人に観てもらいたいから「エピソードゼロからでも楽しめますよ!」と言ったりするし、実際にオリジナルアニメのスピンオフ漫画版なんかは「本編より先に連載が始まる」ことも多かったりするので難しいんですけど。
基本的に、「エピソードゼロもの」は本編の知識を持った状態で観るのが無難なんじゃないかと思いました。
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