どうして「エロ小説」を書いた時だけ、みんなが私に優しくしてくれたのか + 「生成AI」が何を破壊したのかという話


<画像は『DRAGON QUEST -ダイの大冒険-』第14巻より引用>


 先日、2020年に書いた「宇宙飛行士タイプの行き着くところ」という記事を旧ブログからこのブログに移行しました。 
 当時の私は裏アカでエロ小説を書き始めたばかりの頃だったのでで、エロ小説界隈だとビックリするくらいに優しくしてもらったと冒頭に書いていたんですね。


<以下、引用>
 相変わらずものすげーアクセス数で、ブクマ数も更新ボタンを押すたびに増えていって、その投稿サイト内のランキングとかにも載っちゃったりしたのですが……その中でも一番やる気になったのが、エロ小説好きな人達は私にものすごく温かい感想を送ってくださるんですよ!

 「ものすごい作品です」
 「私も小説を書いているのですが、この作品には遠く及びません」
 「これを書くのは大変でしょうし、無理のない範囲で更新してください」等々……


 もちろんね、このブログだって、漫画を描いてキンドル本で出した時だって、ゲーム実況してる時だって、温かい感想を送ってくださる人はたくさんいます。それがなかったらこんなに続けてこられなかったし、それは忘れちゃいかんと思うのですが……
 温かい感想と8:2くらいの比率で、「死ね」「あほ」「ゲームが下手だなんてウソじゃないですか」みたいな罵倒の言葉もどうしても浴びせられてくるものなんです。100人中100人に喜んでもらうことなんて出来るワケがないから、インターネットってそういうものなんだと心を殺して受け入れてきたのですが……

 エロ小説のアカウントの方だと、10:0でみんな褒めてくれるんですよ!
 アクセス数は100倍とかなのに!

 こんなユートピアみたいな世界が、インターネットの中にあったのかと驚きました!
 誰も傷つかないし、誰にも傷つかれない、優しい世界……それがエロ小説界隈だ!


 罵り合うインターネットに疲れた人達は、みんな、エロ小説の世界に行こう!



 「いつも罵倒されてばっかのやまなしさんが、裏アカで書いているエロ小説ではどうして温かい言葉ばかりかけてもらっているのか」とか、「何をやっても目が出ない人間のクズなやまなしさんが、どうしてエロ小説だけはそんな絶賛されているのか」とかの理由は、自分の中では分かっているつもりなんですけど……それはまた、いつかどこか別の記事で書くことにしましょう。
</ここまで>



 「いつか書く」とだけ書いていたこの話……私の記憶が確かならば、結局書いていなかったのでこの機会に書いておこうと思います。




 これはエロ小説に限った話ではないのですが、ネット上での活動への「反応」は「需要と供給のバランス」で決まると私は思っています。
 例えば、ネット上にごまんとあふれているもの……一例にするのは申し訳ないのですが、「異世界転生ものの小説」とか「悪役令嬢ものの小説」を私が書いたとしても、既に大ヒット作がたくさんある「供給過多」のレッドオーシャンなので。「私が書こうか書くまいが、多くの人にはどうでもイイ」んです。オマエが死んでも替わりはいるもの、なんです。

 その反対に、
 私が6年前にバズったエロ小説は、私にとっては素直に"私がエロイと思うもの"を書いただけなのに、「他の誰も書かなくなったニッチなエロ小説」だったらしく、新規の供給が「ほぼ私しかいない」ジャンルだったんですね。
 だからこそ、私も「誰も書かないなら俺が書くしかない!」と書いたワケなんですが、読者の人も「この人のご機嫌を損ねたらまた供給ゼロになってしまう!」「感想を送ってやる気を出し続けてもらわなければ!」と温かい感想を送ってくれたんだと思います。


 同じようなことはゲーム実況をやっているときでも痛感してて。
 「みんなが実況している定番のゲーム」を実況しても、新規のコメントとか、初見さんとかは全然来ないんですけど……「あんまり実況している人がいないゲーム」を実況すると、普段コメントしない人のコメントとか、初見さんが来てくれるんですよ。例えば、『シェンムー』はそうだったし、『ファンタシースター』とか、『Papers,Please』とかもそうでした。

 ただ、それは「需要が高かった」とはちがうんですね。
 単純な再生数だったら「マリオ」とか「ウマ娘」みたいな知名度のある作品を実況したときの方が多いんです。でも、たくさんある実況の一つだから、特に新規のコメントとかも増えなかった―――――

 「私が6年前にバズったエロ小説」と言ったものの、私基準では「バズった」ですが、小説サイトのランキングでは更新時にTOP100に入るか入らないかくらいだったので……上には上がいるんです。書籍化の話とかが来るほどではありません。
 何故なら、「他の誰も書かなかったニッチなエロ小説」なだけあって、そこまで需要も高くなかったからです。


 ちょっと分かりづらかったと思うので、伝わりやすくなるようにまとめてみましょう。

・私が「異世界転生ものの小説」を書いたら(というif)―――
 需要:500、供給:100000、反応:皆無
・私が実際に書いた「他の誰も書かなかったニッチなエロ小説」
 需要:10、供給:1、反応:たくさん
・私の「マリオ」実況
 需要:1000、供給:500000、反応:少
・私の「シェンムー」実況
 需要:15、供給:5、反応:まぁまぁ

 大体こんなカンジ。
 数字はちゃんと調査したものではなく、何となくのイメージなんで細かくツッコまれても困ります。

 もちろん、ネット上の活動だともう一つ「知ってもらえるか」「需要に届くか」も重要です。誰も目につかない個人サイトに掲載しても、それをたくさんの人に知ってもらうのは至難の業です。
 なので、たくさんの人が動画なり小説なりを探している「投稿サイト」に投稿して、タグとか付けて……ってのが大事なんですね。そういう「見てもらうための努力」は全部やった上での話ね。




 んで、この「需要と供給のバランス」の話で書いておかなければならないのが、「生成AI」の話です。この6年の間に、「生成AI」の普及によって「需要と供給のバランス」は一変しました。

 「他の誰も書かなかったニッチな○○」も「生成AI」に書かせられるようになったんですね。しかも、大量に。闇雲に。出来・不出来に関係なく。

 そのため「供給」過多になり、
 「供給」があるのが当たり前、
 仮に書き手がいなくなったとしても、生成AIによって「供給」を生み出すことまで出来る。その結果―――



 これは裏アカで書いている「エロ小説」ではなく、「イラスト」についてPixivのDMで送られてきたメッセージなのですが……

「生成AIによって美麗なイラストが溢れている現在、アナタの絵は見るに堪えません。イラストを描くのはアナタのファンに依頼するなどして、アナタは文章を書くのに専念した方がイイと思います」

 要約するとこんなカンジ。
 これを「アナタのことが嫌いだから」送ってきたのではなく、「アナタの活動を応援しているから」「良かれと思って」「アナタが思いつかない素晴らしい提案を私がしてあげましたよ」的に送られてきたのでビックリしました。その後、何度かメッセージのやりとりをしたのですが、対話ができないタイプの人ではなく、ちゃんと理性的に「これが失礼ではない」と思って送ってきたみたいだったんですね……



 創作活動をする人―――それが「エロ小説」だろうが「イラスト」だろうが「ゲーム実況」だろうが、そういう人は貴重だから今は拙くても応援していこうみたいな文化がかつてはあったと思います。「需要」と「供給」で、どうしても「供給」の方が少なかったから。

 しかし、「生成AI」によって無限に「供給」が生まれるようになった現在だと、もう「創作活動をする人」は必要ないんですね。超魔生物を作るためのサンプルはすべて出そろったので、もう人間は皆殺しにしても構わない!!









 うるせええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!


 俺は、俺のためにやってんだよ!
 ブログも、漫画も、ゲーム実況も、小説も、イラストも、「俺が一番欲しいもの」は俺以外に誰も作ってくれないから、俺自身の手で作ってんだよ!!!!


 「もっと上手い人がいる」とか「生成AIの方が美麗」とかの理由で創作活動をやめるんだったら、最初から始めてないんだよ!!!


 「良かれと思って助言してくれた人にキレるだなんて最低」だって?
 うるせええええええええええええ! 特にアドバイスを求めていない人間にアドバイスをして、他人を無責任にコントロールしたがるヤツの方が最低だろうがあああああああああああああああああああああ!!! 「せっかくアドバイスしてあげたのに」じゃねえんだよおおおおおおお!



 ということで、私は「生成AI」がどうこうよりも、こういう倫理観がぶっ壊れている「生成AIを支持する人」とは関わりたくねえなと思っています。 発想がザボエラだもん。
 「生成AI」によってこの人の倫理観が壊れたとは言いません。「生成AI」があろうがなかろうが倫理観がぶっ壊れている人は最初からいて、そういう人が「生成AI」の時代になって目立つようになった=それを浮き彫りにしたのが「生成AI」なだけだと思います。

 「生成AI」があろうがなかろうが、オマエのような無礼なヤツとは関わりたくない!! それだけ!!!





 さて、話を戻します。
 「需要」と「供給」のバランスは「生成AI」が完全に破壊してしまったし、この風潮は今後どんどんどんどん加速していくんだと思います。
 10年後、20年後、創作活動をしている人間はどんどん減っていって、「AIが予測した"これが人気になるよ"という需要」に向かって「AIが作った大量のコンテンツ」の中から、人間がAIに「自分にピッタリなのはどれ?」と聞いて選んでもらったものを摂取する―――みたいな時代になるんでしょう。


 そういう時代に、私もいつまでブログや漫画やゲーム実況や小説やイラストを作り続けるかなんて分かりません。
 「作る」のを全部やめて投げ出せば時間が大量に出来るから、大量に積んでいるレトロゲームとか、サブスクで観られる昔のアニメを片っ端から観られるよな……みたいに考える時もあります。その方が充実した余生を過ごせるかも知れません。


 ただ、先ほども書いたように、私はブログも、漫画も、ゲーム実況も、小説も、イラストも「私のために」やっています。「私が一番面白がれるものは、私しか作れない」から続けてきたのです。
 「需要」も別に気にしないワケではなく、「AとBとCとDのどれを作ろうかな」と思った際にみなさんからの意見を参考にするので、反応はしてくれたらしてくれた方がフィードバックはされますが……最初から「みなさんの需要」を第一に何かを作ることはないです。だってそれ、みなさんに責任を押しつけているのと変わらんもの。


 だから、これからも私は「私の中からこみあげてきたもの」をアウトプットするだけで……それが枯渇したり、例えば表現規制で取り締まられたりしたら、無理に抗うことなくサクッとやめると思います。
 そもそも、私はそんなに長生きできないと思うし……命だけはあっても、視力がもう持たないとか、長時間椅子に座っていられないほど腰が痛いみたいな事態は、来月もう起こってもおかしくないので……こういう活動なんて、いつ終わるかなんて分からないんですよ。永遠に続くものなんてないのですから。


 エロ小説もね……ぶっちゃけた話、「性欲がある内にしか書けない」ジャンルだと思い、「今書き始めないと一生後悔するぞ」とあのタイミングで書き始めたので……多分、あと数年で「もう一文字も書きたくないでござる!」ってなっていると思うんですよね。私の創作活動の中で最も「終わりが早い」ジャンルだと思ったから、今の内にやっているという。


 あーー! 無限に性欲がある人が羨ましい!(何だこの結論)

コメント

  1. 倫理観がなくAIの使い方がおかしい人がムカつくし、倫理観のないAI利用者が目立つのにAIが発展した方がお金になるからって放置して金儲けしまくる企業たちもムカつく!これまでの人の積み重ねに最低限の敬意は払ってほしい!

    それはそれとして、お体に気をつけてくださいね。

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    1. この記事の主題からはズレるから書かなかったけど、AIバブルのせいでメモリが高騰してパソコンとかタブレット端末とかが貧乏人には手が出せないくらいの価格になっていくのもムカつきます!人間よりAIを優先するんじゃない!

      >それはそれとして、お体に気をつけてくださいね。

      ありがとうございます!
      ブログを書いててそんな優しい言葉をかけてもらったの、(病気の報告などをした時以外では)初めてかも知れない……! やる気になりました!

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  2. >「俺が一番欲しいもの」は俺以外に誰も作ってくれないから、俺自身の手で作ってんだよ!!!!

    生成AIは希望通りに作ってくれますけどね
    ニッチなジャンルでも生成AIが供給を満たしてくれるようになったから需要と供給のバランスが崩れたと思うなら、やまなしさんも生成AIで需要を満たせばいいだけなのでは?

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    1.  自分でもこの記事を推敲していて、「創作活動をしていない人にはここのちがいが分からなくて、絶対ツッコんでくるよなー」「でも、それをイチイチ説明したらテンポが悪くなって、もっと分かりづらくなるよなー」と思っていたので……説明の機会を与えてくれてありがとうございます!

      >生成AIは希望通りに作ってくれますけどね
       これは「半分はそう」なんですが、「もう半分はちがう」んですよ。

       例えば「ニッチなジャンルの小説」―――
       マイナースポーツの「キンボール」を題材にした小説を私が読みたいと思ったとします。でも、誰も書いていない! だから、私が書くしかない!それが今までの創作活動でした。

       そこにアナタは「生成AIに書いてもらえばイイんじゃないですか?」と言っているワケですよね。確かに、生成AIは「キンボールを題材にした小説」は書いてくれるかも知れない。私が指示した登場人物とか、ストーリー展開とか、結末とかまでちゃんと望んだとおりに書いてくれるかも知れない。

       でも、一文一文は「私の望んだとおり」には書いてくれないんですよ。
       私達「創作活動をしている人」は、一文一文どころか、自分の書いた文章を何度も読み返して「○○は」を「○○が」に直したりという地道な作業をします。これは小説だけじゃなく、ブログだって、イラストだって漫画だって動画編集だってそうです。

       「細部」までとことん自分の思った通りに仕上げないと納得がいかないんです。
       人任せにすることすらイヤですからね。

       「生成AI」は「キンボールを題材にした小説」は書いてくれるかも知れないけど、一文一文は「自分の思い描いた通りの文」にならないので、自分が納得のいく作品にするためには結局は自分で全部手直ししなくちゃならない。じゃあ、最初から自分で書いた方がイイのでは?と自分で書いているんです。


       んで、ここで「え?でも、やまなしさんが自分で書いた文よりも、生成AIで書いた文の方が一文一文が読みやすくて面白いですよ。もう文章書くの辞めて、全部生成AIに任せたらイイんじゃないですか?」とか言われたら、この記事で書いたように「うるせええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」とブチギレてブロックします。

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    2. なるほど、細部まで自分の思い通りにしないと気が済まない、細部までこだわるなら全部自分で作った方が早い…という理由ですか。理論的には納得出来るのですが、私にはない感覚だったので思いつきませんでした
      確かに全て自分の好み通りの世界は素晴らしいと思いますが、どこか退屈さも感じてしまうような気がするんですよね。創作物に関しても、全て自分の好きな展開とかで進行するよりも、どこかでこちらの想像を超えてくるとか、私にはなかった知見を与えてくれるのが理想かな…という感覚がありました

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    3. >創作物に関しても、全て自分の好きな展開とかで進行するよりも、どこかでこちらの想像を超えてくるとか、私にはなかった知見を与えてくれるのが理想かな

       えっと……ですね。
       矛盾しているように思われるかもですが、全部「自分の思った通りに仕上げないと納得がいかない」と言っても、創作活動って「全て(最初に思った)自分の好きな展開とかで進行する」ワケじゃないんですよ……

       実際に書きながら「こっちの方がイイな」と新たな展開を思いついてよりよい方向に軌道修正していくとか、書いている間に「辻褄が合わないことに気付いたからこの展開を削ろう」と直していったりするものなんです。これは分野にも依りますが、ブログ記事とか小説の場合は「資料を集めたり」「感想をもらったり」が反映されて当初とはちがう内容になっていったりもします。
       書き始める前に思い描いたものが100だとしたら、それを書きながら200とか300にしていくんです。

       その「書きながらブラッシュアップしていく」感覚こそが、↓の方も仰っている「作品を完成させたいから創作をしている」楽しさですし、これがなかったらぶっちゃけ「脳内で考えて終わり」でイイんですよ。時間をかけて、作品として形作っていく中で「脳内で考えていたも以上のものができる」から創作活動なんかしているんです。

       んで、この作業を生成AIには任せたくはないんですね。
       私が最初に思いついたのが100くらいのものだとしたら、匿名さんは「AIにやらせた方が自分にない知見が足されて200のものが出来る」と思われるかも知れませんが、こっちは生成AIよりも面白いものを作る自信があるので300とか400にブラッシュアップしていくんです。

       「生成AIに作らせればイイじゃないですか」は、言い換えれば「200で妥協すればイイじゃん」なんです。そりゃ妥協できるところは妥協してもイイかも知れないけど、作品の根幹部分を生成AIに任せて心残りを作るくらいなら自分の手でやりたい―――ってのが、創作活動をしている人種なんです。

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  3. この「生成AIでいいじゃん」というのはどこまで行っても消費行動にしか興味がない人の発想で、我々のような「自らの手と苦悩で形作られた何か」を生み出さなければ解消されない情動を持った人間達とは全く相容れない発想なんですよな。もちろん作品を生み出すために手を動かしているわけですが、その一挙手一投足が岩を穿つこともまた作品を生み出すために必要なプロセスと言うか、その研磨があるからこそどのような出来であっても胸を張ってこれこそが自らの作品であると満足して感情が昇華されてるわけで、AIに作ってもらったものと言うのはもはや塗り絵レベルですらない、金を出して買った他人の作品と同等のものでしかなく、生成プロセスを経ずに生み出されたそれらを眺めても創作欲が満足することなんてのは当然ながら絶対にないわけです。
    我々は完成してる作品を眺めたいから創作しているのではなく、作品を完成させたいから創作をしているわけで、それってそんなに理解されない感情なんですかね。例えば料理をするのが趣味の人に、そんなにその料理が食べたいのなら料理とか言う無駄な苦労をしないで市販の総菜を買って食べればいいと言うのが目的を見誤った全く持って的外れなアドバイスであるというのは広く共感されると思うのですが、生成AIでいいじゃんは完全にこれと同じなんですよね。完成させるのが目的であって完成品を得るのが目的ではないし、自らの手でもって捏ね上げてない以上それはそもそも自分にとっての完成品ではないというだけなんですが。

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    1. 仰ることには同意ですが、
      この記事へのコメントに限って言えば、記事本文で私が「私は(創作したいから創作しているのではなく)自分が一番欲しいものが世の中にないので自分で作っている」と書いているので、それに対して「じゃあ生成AIで作ってもらえば?」とコメントするのは理に適っていると思います。
      その「生成AIで作ってもらったもの」が、恐らく私が欲しいものピッタリにはならないであろうから、私は生成AIを使っていませんが……それは記事でうまく伝えられませんでしたしね。

      ただ、仰る通り、大多数の創作活動を続けている人は「創作自体が楽しいから」続けているのでしょうし、そこはAIでは代替できないんですよね。
      例えるなら、ゲームをプレイしている人に「YouTubeでプレイ動画を検索すればエンディングが見られるのにどうしてわざわざ自分でプレイするの?」と言っても、自分でプレイしたいからしているんだよ!としか言えないというか。

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